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Accountant's magazine vol.76

-アカウンタンツマガジン-
2025年01月01日発行

会計士の肖像

「世界で日本の存在感が問われている。若い人たちにも躊躇せず、グローバルな場に乗り込んできてほしい」

国際会計士連盟(IFAC)
理事觀 恒平

実務補習で監査の現実を知り外資系法人へ

会計士試験には、大学4年の時に初挑戦するも失敗。1年浪人し、82年に、見事合格を果たした。合格後、学んでいた専門学校から「講師のアルバイトをしないか」と誘われた觀は、月のうち10日そこで教鞭を振るい、10日間は学校がアレンジしてくれた監査法人で実務補習に勤しむ、という生活を始める。ところで、今は大手の一角を占めるその監査法人だが、職場はまさに〝昭和そのもの〟だった。

当時の監査法人は、たいていそうだったと思うのですが、ベテランの先生がいて、その下に〝お付き〟のような人が何人かいる。何をやるにも、理屈より先生の言うことが優先で、クライアントのために仕事をするという雰囲気もあまりなくて。夕方5時に仕事が終わると、毎日飲みに行っていました。最初は楽しかったけれど、これじゃあ学生時代と変わらないな、と(笑)。

1年勤めたら正所員にしてくれるという話だったのですが、そのタイミングで辞めることにしました。専門学校に話すと、今度は個人事務所を紹介してくれまして。「将来、独立するという選択肢もある。それを見据えて、経験しておくのもいいだろう」と。

この時、ぽっかり1カ月ほどの休みができました。それで、当時若者の間で流行っていた〝海外一人旅〟に出ることにしたのです。行き先はインド。「成田発デリー」「カルカッタ発成田」の航空券だけを買って、初めての海外に出かけたわけです。

デリーの空港に着いて税関を出たとたん、物もらいの人から何からワーッと集まってきたのにはびっくりしました。宿も決まっていないし、どうしたものかと思っていると、白人のおじさんに声をかけられて。こちらの素性を知ると、「僕はアーサー・アンダーセンにいるんだ。同業じゃないか。困ってるなら、うちのホテルに泊めてあげるよ」と、1泊させてくれた。スタートから、ありがたい助け舟でした。

翌日から、当時出たばかりの『地球の歩き方 インド』を片手に、その日の宿を探しながら、混沌を絵に描いたようなデリーの街を〝徘徊〟しました。ヒンズー教の一大聖地のバラナシにも行きました。ガンジス川沿いに「クミコハウス」という日本人がつくったバックパッカー向けの安宿があって、疲れもあったのか、そこに何日間か滞在した記憶があります。

することといえば、土産物屋を覗くか、郵便局に行くかぐらいで、あとは日がなボーッとしているだけ。そのうち、「しょせん人間が一日にやることって、こんなものかな」という一種達観した気分になったものです。

喧騒と平穏の両極端を体験した旅から帰った觀は、心機一転、個人事務所で実務補習の続きを始めた。そこでは小さな会社などの顧問先も持たされ、「自分の好きなようにやらせてもらった」のだが、今度は、毎日同じ仕事を繰り返していて、この先自分はこれをずっと続けるのかという不安が芽生える。率直にその気持ちを伝えた事務所の所長に、かつてデロイト・ハンキンズ・アンド・セルズで勤務経験があったのは、あとから考えるとラッキーだった。「一度外資系で働いてみるのもいいんじゃないか」と三田会計社(デロイト・ハンキンズが85年に設立、現有限責任監査法人トーマツ)を紹介してくれたのだ。こうして87年4月、前年の秋に会計士登録していた觀は、また新たな一歩を踏み出すことになる。

そこは、以前の監査法人とは、ある意味、真逆の職場でした。監査とはどういうものか、どんな段取りでやるのかを、とても合理的に説明してくれる一方で、少しでもいい加減なことをしようものなら、「なぜそうなるのか、説明しなさい」と。おかげで、専門家として必要となるものを、基礎から学ぶことができました。

英語もやりました。法人から指定された学校に2、3週間通っただけでなく、個人的に別のところでもレッスンを受けました。直接の上司は、基本的に日本人だったのですが、たまにアメリカ人のCFOとかと、けっこうややこしい話をしなければならないこともあって。初めの頃はできない英語で四苦八苦しながら、なんとかコミュニケーションを取っていました。

実は入所する際、僕は「将来、海外勤務もしたい」と希望を出していたのです。インドでの鮮烈な体験が、その気持ちを後押ししていました。

希望が叶い、トーマツの初代イタリア駐在員としてミラノに赴任したのは、91年です。入所当時の三田会計社なら、海外はほぼアメリカ一択だったのですが、90年にトーマツと合併したことで、〝選択肢〟が広がっていました。

現地での仕事は、ひとことで言えば、イタリアに投資しようとする日本企業に対して、監査や税務、あるいはM&Aに関するサービスを提供すること。バブル景気も終盤だった時代、日本企業の対欧州投資に関して言えば、英国やドイツはあらかた終わり、フランス、イタリア、スペインというラテン系の国がターゲットになっていたのです。

いろんな案件がありましたが、印象に残るのは、ある商社がアパレルブランドを買おうとした一件です。とにかく高く売りたい相手は、鉛筆1本まで資産に入れてきて。「1万円だ」と主張するセーターを、「どう見ても300円でしょう」なんていうやり取りもありました。シビアなネゴシエーションの末に契約が成立し、両者が集まった懇親会の席上、イタリア企業のオーナーがやってきて、「君たちが300円だと言ったセーターを、全員にプレゼントしよう」と(笑)。

そんなエピソードも含め、イタリアにいた4年間で、海外ビジネスの基礎を学ばせてもらった気がします。

Profile

国際会計士連盟(IFAC) 理事 觀 恒平

国際会計士連盟(IFAC)理事觀 恒平

1960年3月7日
福井県福井市生まれ
1982年10月
公認会計士第二次試験合格
1983年3月
横浜国立大学経営学部卒業
1986年9月
公認会計士登録
1987年4月
監査法人三田会計社
(現有限責任監査法人トーマツ) 入所
1998年6月
監査法人トーマツ
(現有限責任監査法人トーマツ)
社員(パートナー)
2013年11月
デロイトトーマツグループおよび
有限責任監査法人トーマツボードメンバー
2015年11月
有限責任監査法人トーマツ包括代表
2018年6月
デロイトトーマツ合同会社
シニアアドバイザー
2018年9月
デロイト アジアパシフィック リミテッド
監査保証業務リーダー
2020年1月
デロイト アジアパシフィック リミテッド
シニアアドバイザー
2020年10月
觀恒平公認会計士事務所開設(現任)
2020年11月
国際会計士連盟(IFAC)理事(現任)
2022年1月
日本公認会計士協会シニアアドバイザー(現任)
2022年6月
オリンパス株式会社社外取締役(現任)

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