
監査法人の未来を担うエースたち
RSM清和監査法人
マネージャー平井 大貴
監査法人の第一線で「エース」級の成果をあげている会計人を紹介する当連載。第9回に登場するのはRSM清和監査法人に勤務する平井大貴氏だ。高校までは家業を継ぐと信じて疑わなかった。だが、簿記の勉強をきっかけに会計の道に舵を切り、現在は監査業務に加えて人材採用やAI導入にも尽力する。
山梨県にある町工場の長男として生まれ、進んだ大学は工学部。それまで、「家業を継ぐ」という未来にまったく疑問を持つことはなかったが、大学2年の終わりに転機が訪れた。友人に誘われて始めた、簿記の勉強に魅力を感じたのだ。
「今思えば当然なのですが、仕訳を理解すると貸借対照表や損益計算書とも整合していく。数字が論理的につながっていく感覚が心地よかった」
また実家の経営が思わしくない時期も目にしていた平井氏には、自分の力で食べていける専門性は憧れだった。もしも公認会計士になることができれば、実家の工場の助けになれるかもしれない。会計士という資格に将来の可能性を感じ、本格的に勉強を開始した。
大原簿記学校とのダブルスクールに加えて、電車で片道2時間半はかかる通学時間も勉強に充てた。時には研究室に寝袋を持ち込んで寝泊まりするハードな日々もあった。結果、「これでダメなら家業を継げ」と父から言い渡された3回目の試験で合格を果たした。
「実家の工場はその後、妹が継いでくれました。公認会計士になって以降、お客さまと価格交渉するための資料をつくるなど、手伝ったりしています」
2014年に入所したEY新日本監査法人では金融部に配属され、保険会社を中心に監査業務に従事、会計士としての基礎を身につけた。就職前は会計士にスマートなイメージを持っていたという平井氏。そんな会計士らしさを演出しようと奮発してオーダースーツを仕立てたそうだ。だが現実の監査は一日中PCと向き合う泥臭い側面もある。当初はクライアントからの質問に即答できるわけもなく、その都度会計基準を調べ、チームで議論し慎重に結論を出した。「何もかも手探りでとにかく必死」だった新人時代を過ぎ、インチャージを任されるようになったのは3年目のこと。その頃には平井氏自身「仕事が一巡した」感覚を覚え、次のキャリアを考える余裕が生まれていた。
「EYに入所した当時は、多くの同期がいるなかで〝専門性〟が自分の価値を高めてくれると思っていました。しかし、専門性が高すぎると、逆につぶしが利かなくなるという懸念も。キャリアを広げるための転職を考えるようになりました」
その後、平井氏は税理士法人に転職。法人の税務申告や税務相談、記帳代行、ファンドの会計業務などに携わった。だが税理士法人では、スポット的な対応や単年度で完結する業務が多く、税金計算に特化する場面がほとんど。そのため関与のスタンスが部分最適にとどまりやすく、経営を長期的・俯瞰的に見るという点に物足りなさを感じることがあったという。
「また実務では税理士の方々に及ばない場面にも直面しました。改めて、自分は、企業全体を財務諸表として総合的に理解し、適切な財務情報の開示を通じて、資本市場の信頼性に貢献する監査人としてのかかわり方が合っていると再認識しました」
この記事の続きを閲覧するには、ご登録 [無料] が必要です。
RSM清和監査法人マネージャー平井 大貴
vol.79の目次一覧 |
---|