3年目を迎えた公認会計士「研修出向制度」の取り組み
日本CFO協会 主任研究委員
カルビー株式会社 常勤監査役/公認会計士 石田 正
2010年から日本CFO協会と新日本有限責任監査法人がスタートさせた、一般事業会社への公認会計士「研修出向制度」。今年、第1期出向者が任期の3年を迎える。本制度のこれまでの歩みと成果、今後の期待を、同協会の顧問・主任研究委員の石田正さんにうかがった。
私がこの制度とかかわることになったのは、日本CFO協会の谷口宏専務理事から「実はこんな構想があるのですが」と提案を受けたのがきっかけです。谷口さんの「監査の世界にしか会計士がいない日本の現状を、何とかできないだろうか」という考えと、私が常々抱いていた問題意識は完全に一致しました。
私は1990年から6年間、アーンストアンドヤング(AY)とアーサーアンダーセン(AA)のロンドンに駐在し、ヨーロッパの日系企業担当部門の統括責任者を経験しています。そこでかいま見た英国の会計士の働き方は、日本とはあまりにもかけ離れたものでした。
大学を卒業し、会計事務所に入った新人は、3年間いわゆる“鞄持ち”をしながら徹底的に事務所での教育を受けた後、「勅許会計士」の試験を受けます。有名大学の出身者ですので試験にはほぼ全員が合格しますが、そのまま事務所に残るのは半数程度。そして残りの半数は、その時点で一般事業会社などに転職していきます。だからどの企業の経理にも多くの会計士が在籍し、活躍しているのです。
96年、私はロンドンから日本に戻って、日本マクドナルドのCFO(最高財務責任者)に就きましたが、日本では事業会社で働く会計士は稀なことに気づきました。会計士が監査法人にしかいないという現状は、私の目には異常に映ったのです。
谷口さんのアイデアにわが意を得た私は、新日本監査法人の副理事長(当時)だった小島秀雄さんに話をつないだのですが、意外とトントン拍子に事が進んだ記憶があります。
当時、J‒SOX導入に伴う、企業の会計士需要が一巡したこともあって、2008年頃から会計士の“余剰”が顕著になっていました。一方、企業の側は、IFRS導入が叫ばれるなか、会計の専門家を採用したいのはやまやまだが、その術を知らなかったのが実情です。この制度は、そんな両者を取り持つ意味で、まことに時宜を得たものだったといえます。
とはいえ、当初、「体のいい会計士のリストラではないのか」といった声が聞かれたのも事実です。そんな見方を一蹴するうえで、監査法人が躊躇なく“エース級”の人材を出向させたのは大きかったと思います。CFO協会会員企業への谷口さんの呼びかけに対して、三菱商事、花王、武田薬品工業といった日本のリーディングカンパニーが「出向受け入れ」を表明したため、「その期待に応えられる会計士を送ろう」という流れができたのです。
現在、1期〜3期生合計で、新日本監査法人から約80名、あずさ監査法人と監査法人トーマツから、それぞれ約20名ずつの計120名ほどが、この制度を使って出向中です。
さらに新日本監査法人からの出向者の場合、出向先企業でのOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)に加え、実務の専門家などによる1年間の研修を受講することができます。財務会計分野だけでなく、CFOとして求められる多様な知識や経験とはどういうものなのかを学んでもらうのが目的です。
定期研修制度のカリキュラムは企業会計(財務、管理および税務会計)、経営財務(資金調達、運用および企業買収)、コーポレートガバナンス(企業統治、企業法務およびIR)の3本柱からなり、ほかにコミュニケーションやプレゼンテーションスキルをアップさせるための講座も設けています。
参加は強制ではなく任意で、当初は月に2回、夕方6時半スタートで講座を組みました。ただ、これだと業務の関係で出席できない人が多くいることがわかり、昨年7月にスタートした3期生からは、出向先の協力を得て9月、翌年3月、6月に2日間ずつ、集中講義を行う方式に改めつつあります。
このように、実態を踏まえて柔軟に制度の改善を図ってきたことも、ここまで順調にこられた一因だと思っています。
もう一つ特筆すべきは「蓼科会議」と称する特別研修です。定期研修が終わった夏に蓼科の研修施設を借りて1泊2日の合宿を行います。
ゲストスピーカーとしてお招きした上場企業のCEOやCFO経験者、ほか会計士業界のキーパーソンの方々に、研修生の議論にも積極的に参加してもらい、1年間をラップアップします。その目的は、会計士の将来はどうあるべきか、事業会社が期待する会計士像を明確化していくことです。
最初は手探りのところもあった出向研修制度ですが、「ようやく定着しつつある」と評価しています。出向した会計士は、会計監査の時とは違った企業活動の“生きた数字”を扱う仕事にある種のショックも覚えつつ、やりがいを感じて仕事をしているようです。受け入れた企業の評判も上々で、「3年が過ぎたらもういらない」という会社は、私の知る限りありません。
監査法人にも、事業会社を知り、幅広い経理・財務のセンスを育んだ人材が戻ることで、従来なかった知識やスキルが法人内に持ち込まれ組織の活性化につながることが期待されます。日本企業がグローバル化を加速させ、変身を急ぐ時代にあって、対応する監査法人にとってもその意味は小さくないでしょう。
「3年の出向終了後、企業に残る」という“人材流出”のリスクはあります。しかし、自分たちの影響力のある会計士が外の世界にいるというのは、長い目で見た場合、監査法人の戦略上、重要だと私は思います。
ロンドンでのAA時代、担当パートナーに「なぜ半分は辞めるのがわかっているのに、高いコストをかけ教育するのか?」と聞いてみました。彼は「10年後には、みんないいクライアントを連れてきてくれるのさ」と、私にウインクしたものです。
ともあれ、今年7月には第1期の出向者が初めて監査法人に戻ります。彼らがその経験をふまえ、どんな力を発揮するのかが、この制度を本当に根づかせるうえでのポイントになるでしょう。期待をもって見守りたいと思います。
同時に、企業での仕事に意欲、興味を持つ会計士には、ぜひ本制度を活用し、新しい世界に挑戦してほしいと思います。既存の会計士の世界にしか会計士がいないという異常な状況を打破するためにも。
この記事の続きを閲覧するには、ご登録 [無料] が必要です。
日本CFO協会 主任研究委員カルビー株式会社 常勤監査役/公認会計士 石田 正
1972年から25年間、外資系会計事務所および大手監査法人にて日本および米国基準の会計監査、財務アドバイザリー業務に従事、代表社員。事務所在籍中に通算10年間、シンガポールおよびロンドン事務所に駐在。96年以降、日本マクドナルド代表取締役副社長(CFO)、セガサミーホールディングス専務取締役(CFO)を歴任。2010年より日本CFO協会主任研究委員、11年からカルビー常勤監査役、現在に至る。共著書『包括利益経営』(日経BP社)、『CEO・CFOのためのIFRS財務諸表の読み方』(中央経済社)。