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最新号

Accountant's magazine vol.75

-アカウンタンツマガジン-
2024年10月01日発行

会計士の肖像

「変革の時代だからこそ、監査人としての気概、泥臭さみたいなものは、改めて重要だと思う」

公認会計士浜田康事務所
浜田 康

会計士の肖像

「経営に資する」仕事。導かれるようにして目指した会計士への道

浜田康のキャリアの大半を占めているのは会計監査で、2014年に現場を退くまで一本道を歩んできた。その道のりは35年あまりに及ぶ。浜田がキャリアをスタートさせた中央会計事務所は、数度の合併や名称変更を経て、周知のとおり廃業に至ったが、時代や業界の大きなうねりに身を置いたことで、浜田は貴重な経験も得てきた。監査法人を退職してからは、その知見を生かし、執筆や証券取引等監視委員会での活動に尽力。通じて、浜田が問い続け、発信し続けているのは、あるべき会計監査の本質である。

特段、運動や勉強が得意だったわけでもなく、ごく普通の子供でしたね。小学生の頃は人を笑わせるのが好きで、風呂敷を被ってみんなを追いかけたり、授業参観日には「注目浴びなきゃ」と思ってわざとふざけてみたり……伸び伸びしたものです。

地元の東京・目黒区立の小学校に通っていたのですが、5年生になる時に私立へ転校したんですよ。母親が「勉強させよう」と思ったらしく、中学受験を意識してのことでした。友達と別れるのは寂しかったけれど、入ってみると勉強の量も質も違っていて、結果的にはよかったと思います。

進学したのは中高一貫校の駒場東邦です。まだ設立されて間もない頃だったので、伝統に縛られることもなく、とても自由で楽しかった。この頃は小説家に憧れていたこともあって、雑誌文芸部に所属していたんです。読んだ作品について意見交換するとか、作家に関連する土地を巡るとか、まぁ緩いものでしたけど、やはり自分たちで好きに活動できるのは楽しいですよね。

もう一つ、憧れていたのが医者。当時、『ベン・ケーシー』や『ドクター・キルデア』といったアメリカ制作の医療ドラマが大人気で、影響を受けたのでしょう。駒場東邦には医学部を目指す同級生もけっこういましたし。ただ、左利きである私には「外科医は無理」だとまことしやかに言われまして。昔は左利きに対する特殊感が強く、道具類なども少なくて、何かと不便だったものです。小説家のほうも、子供心に食っていく難しさはわかっていましたし……結局、憧れは憧れ。いろいろと考えてはみましたが、「将来はこれ」という職業イメージがないまま、夢で終わったという話です(笑)。

理系科目を得意としていた浜田は、早稲田大学理工学部に進路を取る。この段階では、「公認会計士という職業自体を知らなかった」そうで、資格取得を目指すのは、まだ先の話である。選んだのは「工業経営学科」(当時)。機械や電気などの固有技術とともに経営・管理を学ぶ学科だ。聞けば、この選択には父親の会社の倒産が影響しているという。

父親が勤めていたオートバイメーカーが潰れたのは中学3年の時。日本のあちこちで過激な労働争議が起きていた時代で、父親の会社も同様でした。住まいの近くにあった工場の周りに、数十本の赤旗が立っていた光景を今も覚えています。工場長だった父親は、組合との交渉窓口をやっていたからストレスも大きかったのでしょう、体を壊し、結局、会社倒産という憂き目に遭ったわけです。当然、家族も影響を受けました。早稲田大学の工業経営学科というのが「経営をよくする、潰れないようにする学問」だと知ったのは、大学進学を考え始めた頃。「これはいい」と気持ちが向いたのは、やはり倒産の件があったからだと思います。

大学の授業は教科書で学ぶ講義が中心でしたが、実技・実験もあるなか、強く印象に残っているのは作業分析です。例えば、自動車やテレビなどといった製品を組み立てる人やモノの動きを可視化して、分析し、現場改善を導き出していく――工場で撮影してきたビデオを大教室に映し出し、ストップウォッチを手に考えるのが何しろ面白かった。製造現場のコンピュータ化などはまだ先の話で、時代的には、企業が生産性向上に多大なる努力をしていた頃です。地道な研究ではあったけれど、日本企業の役に立っているという実感もありました。

当然、大学での専攻を生かした道に進もうと考えていたのですが、3年の時、友人が「公認会計士の試験を一緒に受けようよ」と声をかけてきたのです。一応、会計学や経済学の講義もあったので、この頃にはさすがに会計士という職業は知っていたけれど、「受かるの? 無理でしょう」と(笑)。でも、受験予備校もあるから何とかなるという。そして、これも会社の経営のためになる仕事。学科選択の時と同様、「いいかもしれない」と意識するようになったのです。あと思ったのは、会計士は個人の資格だから〝潰れない仕事〟だということ。そういう意味では、親の会社の倒産を見てきたことがやはり影響していて、会計士を目指す大きなきっかけになったように思います。

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Profile

公認会計士浜田康事務所 浜田 康

公認会計士浜田康事務所浜田 康

1952年8月5日
東京都目黒区生まれ
1975年3月
早稲田大学
理工学部工業経営学科卒業
1975年10月
公認会計士第二次試験合格
1976年3月
監査法人
中央会計事務所入所
1977年3月
早稲田大学大学院
理工学研究科修士課程
(財務管理専攻)修了
1978年3月
公認会計士登録
1994年9月
中央監査法人代表社員
2003年6月
中央青山監査法人理事
2007年8月
あずさ監査法人本部理事
2015年4月
青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科
特任教授

◎その他活動
筑波大学大学院非常勤講師(1997年~99 年)、電気通信大学非常勤講師(1999年~ 2002年)、日本放送協会入札契約委員会委員長 (2015年~16年)、証券取引等監視委員会委 員(2016年~22年)、日本公認会計士協会自主 規制モニター会議委員(2023年~)。

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