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Accountant's magazine vol.15

-アカウンタンツマガジン-
2012年12月01日発行

会計士の肖像

「我々は、独占的な資格を与えられているのだから、それに恥じない仕事をすべき。常に矜持を正しながら―」

東日本税理士法人
病院経営アドバイザー長 隆

会計士の肖像

勤務先の“職命”によって開かれた税理士・会計士への道

「病院改革仕掛け人」―ドキュメンタリー番組『ガイアの夜明け』に取り上げられた際、長隆(おさ・たかし)はこう称された。その名にふさわしく、長は約20年にわたり、経営難に瀕する公立病院の改革・再生に奔走してきた。声がかかれば、全国どこへでも赴き、地域医療のあるべき未来像を助言する。

一人自宅で開業した事務所は、今や医療経営に精通するエキスパート集団「東日本税理士法人」として、特異な存在感を放つまでになった。が、その道のりは、常に山あり谷あり。改革や再生に大鉈を振るえば、必ず“痛み”が生じる。相克も避けられない。それでも闘い続けているのは、「いい医療を提供するには、いい経営が伴わなければならない」からだ。長の顔には、会計プロフェッションとして、まっすぐに生きてきた矜持が刻まれている。

伊豆の白浜村(現下田市白浜)で生まれたんですが、2歳の時に親父が死んだので、僕は母子家庭で育ったんですよ。姉2人と僕、3人の子供を抱えて、お袋は本当に大変だったと思う。生活保護を受けながらの暮らしで、お袋は、海草のゴミを取る仕事や、縫い物の内職で生計を立てていました。僕も小学校に上がってからは、ずっと新聞配達少年。貧しいですからね、遊びといえば、水着なし、“すっぽんぽん”の海水浴ばかり(笑)。最近、生活保護の制度が問題化しましたが、僕はね、それで中学校まで卒業できたから、感謝しているんですよ。

その後は奨学金を受けて、当時、進学校だった下田北高校(現下田高等学校)へ。お金をもらえないと卒業できないから、一生懸命勉強しましたよ。入学時は30番ぐらいだった成績が、出る時は首席です。参考書は買えないから、学校の図書館にある本を全部、片っ端から読んだ。国語は、先生よりできました(笑)。人間って、生きられるもんですね。お袋はつらい思い出が多かったんでしょう。晩年、田舎に帰りたがらなかったけれど、僕の原点はこの時代にあったと思っています。

だから、今月5月に開院した「下田メディカルセンター」には、特に感慨があるのです。前身である共立湊病院の改革推進委員会の委員長を務めたのは僕ですが、「この病院は絶対に残す」という特別な思いがあった。その方策が下田市への新築移転だったのです。しかし、共立湊病院があった南伊豆町の地元からは「病院がなくなる」と猛反対を受け、加えて関係する1市5町の足並みが揃わず、大もめにもめた。調整が大変でしたが、それでも何とか成功にもっていけたのは、「母子家庭を支えてくれた故郷に恩返しをしたい」という、強い気持ちがあったからです。

高校卒業後、長は大正製薬に入社。次姉が、同社三代目社長・上原正吉氏の私邸に、住み込み家政婦として働いていた縁で、声をかけてもらったそうだ。そして勤務するうち、長は、思ってもいなかった「税理士資格の取得」という職命を受ける。夜間大学で学び、税理士試験に合格したのが67年。今日へと続く、扉の前に立ったのである。

大正製薬が、これから上場しようと準備していた昔の話ですが、社内の経理が納税引当金の算出を間違えて、利益を少なく計上してしまったという一件があったのです。結果、当時の上原社長が株主に謝罪するという事態となり、それからチェック体制を整えるために、社内で税理士を養成する話になったわけです。僕は簿記など全然わからなかったのですが、最初の配属が経理だったこともあり、養成候補の一人に選んでもらえた。口添えしてくださったのは、社長夫人の上原小枝さん。僕が税理士、会計士になる道を開いてくれた恩人です。

早稲田大学の第二政治経済学部に通い始め、仕事をしながら勉強する生活。税理士試験に合格したのは卒業してから3年後、26歳の時でした。それで次は、自分の意志で会計士にまでなろうと決めたのですが、それは、大学で触れた会計学に感動したからです。会計学者として高名な青木茂男先生の授業を受けた際、「こういう生きた学問があるのか!面白い」と。正直、古くさい授業ばかりのなかで、ものすごく新鮮だった。青木先生と直接的なかかわりはありませんが、ここで受けた影響が大きかったのは間違いないです。

実はこの間に、大正製薬との縁をつないでくれた姉は、若くして病で急逝しました。お袋と一緒に、病院でずっと付き添いをしていた時期があったのですが、今思えば、病院関係の仕事に関与するようになったのは、そのことが遠因かもしれません。いろいろな意味で、僕の人生を方向づけることになった時代ですねぇ。

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Profile

東日本税理士法人 病院経営アドバイザー 長 隆

東日本税理士法人病院経営アドバイザー長 隆

1941年3月14日
静岡県下田市生まれ
1958年4月
大正製薬株式会社入社
1964年3月
早稲田大学第二政治経済学部卒業
1967年3月
税理士試験合格
1971年9月
公認会計士第二次試験合格
1971年10月
監査法人太田哲三事務所(現新日本有限責任監査法人)入所
1975年1月
公認会計士登録
1976年7月
公認会計士長隆事務所開設
2002年4月
税理士業務部門を法人化し、名称を東日本税理士法人に

[主な委員など委嘱]
内閣府・行政刷新会議分科会評価者(2009年11月~11年11月)、総務省・公立病院改革懇親会座長(2007年7月~08年3月)、総務省・地方公営企業等経営アドバイザー(1995年~2006年)、総務省自治体病院経営改善推進研究会座長、ほか20を超える自治体病院改革関連の委員長・委員、大学の非常勤講師などを歴任

[主な共著書]
『高齢者ケア施設 開設ガイドライン』(中央経済社)、『医療法人のための税務調査対策(第3版)』(中央経済社)、『Q&A特定医療法人のすべて(第3版)』(中央経済社)、『Q&A病院再建と民事再生法』(中央経済社)、『Q&A医療法人の経営と税務(第3版)』(中央経済社)、『地方公営企業会計の基礎』(中央経済社)、『高齢者ケア施設マニュアル』(ダイアモンド社)など多数

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