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Accountant's magazine vol.24

-アカウンタンツマガジン-
2014年06月01日発行

会計士の肖像

「会計プロフェッションは、会社のビジネスをよく理解すべき。その成否を握る重要な役割を担っているのだから」

樫谷公認会計士事務所
所長樫谷 隆夫

会計士の肖像

兄の勧めで志すようになった公認会計士への道

樫谷隆夫が長年注力し続けている領域は、中堅・中小企業を中心とした経営コンサルティングである。それが崖っぷちに立つ企業であれば、新生させるべく戦略を策定し、現場で支援業務にも就く。机上のコンサルティングではなく、経営者らと共に汗をかき、伴走するのが信条だ。そして「頼む」と請われれば、決してNOとは言わず、一肌脱ぐのもまた信条。事実、樫谷が本業と同様に応えてきた案件は数多く、経歴書には、日本公認会計士協会の役職や、政府の審議会、委員会などといった公的活動がズラリと並ぶ。周知のところでは、道路公団の民営化や東京電力の構造改革に、その手腕を振るった。「思い入れが強すぎるのが、私の長所であり欠点でもある」と樫谷は笑うが、その誠実な仕事一つ一つが、揺るぎない信頼を築いてきたのである。

生まれは姫路なんですが、生後すぐ、お袋が病気になったものですから、私はお袋の長姉夫婦に預けられ、滋賀県の信楽で育ったんですよ。小学校に入る直前まで。何の記憶もない私は、当然、その伯母さん、伯父さんを親だと思っていたわけで、のちに「本当の親がいる」と言われても、ただ驚くだけで。両親が迎えに来た時、戻るのがイヤで逃げ回っていたらしいです。「慣れるまで」と、おそらく両者で約束をしていたんでしょう。小学生時代はずっと、春・夏などの長期休みは、信楽の“義理の両親”のもとで過ごしていました。2組の親がいるような感じで、子供心には複雑だったけれど、いずれからも本当に可愛がってもらったので、ハッピーといえばハッピーですよね。

親父は、いわゆる中小企業の経営者。お袋の実家が信楽焼の窯元で、その関係で瀬戸物販売を始めたのですが、商売熱心な人でね、従業員50〜60人を抱えるそこそこの規模にして、今は、兄貴がその商売を継いでいます。幼い頃の記憶にあるのは、店の軒先にたくさんのみかん箱があって、その上に商品が並んでいる……そんな風景です。
「今日の売り上げはどうだった?」とか、お客さんや従業員の話をいつもしている両親を見て育ちましたから、門前の小僧で、やはり商売の感覚は身についていたのでしょう。親父たちの苦労も何となくわかっていたし、私が中小企業のサポートを生業にした原点は、ここにあるんだと思います。

小学生の頃はまったく勉強せず、成績順位は最後から数えたほうが早かったが、中学に入ってから、大学受験を控えていた兄に釣られて勉強すると「成績がポンと上がった」。3年生の時には、当時の成績評価で最高のオール5を取った。ただ本人曰く、「あまり自主性のない子供だった」そうで、この頃は、好きなことや就きたい職業イメージなどは、格段なかったという。

深く考えないというか、欲のない子供だったんですよ。一つ頑張ったのは、友人に誘われて入った郷土研究会のクラブ活動。姫路には古墳群があるのですが、中学生の頃、進んでいた土地開発に伴ってけっこう土器が出てきていたんです。それを現場からいっぱい集めてきて、復元していく。欠けている部分は石膏で埋めたりしてね。2年くらいかけてやったでしょうか、卒業する時に教育委員長賞をもらったのを覚えています。まぁこれも、自分が好きだったというより、頼まれれば一生懸命にやるといった感じで……。思い返せば、子供の時からそうでした(笑)。

公認会計士を志すようになったのは、高校1年の夏休みです。ある日、兄貴に「お前は将来、何をするんだ?」と聞かれたのですが、相変わらず自主性のない私は「何も考えていない」と。すると、「会計士は、ハンコを押すだけで儲かる仕事らしいぞ」なんて、いかにも商売人らしい言い方をするわけですよ(笑)。でも、公認会計士という言葉の響きがカッコよかったし、自分なりに調べてみたら、当時は、中央大学からの合格者数がダントツに多かった。仕事のことなど全然理解していなかったけれど、素直に中央大学を目指そうと思ったわけです。

なのに、高3になっても勉強熱心じゃなかった私は、担任から「中大なんてとんでもない。この成績では到底無理」だと宣告されまして。猛勉強したのは、それからです。ひとたびエンジンがかかるとすごく頑張るのと、本番に強い私は、担任の予想に反し、運よく中央大学の経済学部に現役合格することができたのです。

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Profile

樫谷公認会計士事務所 所長 樫谷 隆夫

樫谷公認会計士事務所所長樫谷 隆夫

1948年11月7日
兵庫県姫路市生まれ
1970年9月
公認会計士第二次試験合格
1971年5月
樫谷隆夫会計士補事務所開業
1973年3月
中央大学大学院
商学研究科商学専攻
修士課程修了
1975年2月
樫谷公認会計士事務所開業
公認会計士登録
1986年1月
センチュリー監査法人
(現新日本有限責任監査法人)代表社員就任
1986年4月
株式会社ブレイン・コア 代表取締役社長就任
1989年3月
株式会社エフ・ピーブレイン 代表取締役社長就任
2002年4月
中央大学専門職大学院
国際会計研究科特任教授就任
2012年6月
東京電力株式会社 取締役(社外取締役)就任
日本貨物鉄道株式会社 取締役(社外取締役)就任

[委員・役職など]
総務省独立行政法人会計基準研究会委員、内閣官房行政減量・効率化有識者会議構成員、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会委員、文部科学省独立行政法人評価委員会、内閣府行革断行評議会、日本公認会計士協会理事・常務理事、東京地方裁判所民事調停委員、内閣府官民競争入札等監理委員会委員長、内閣官房構造改革特別区域推進本部評価・調査委員会委員長など、多数の委員会や審議会の委員などを歴任

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