会計・経理職の転職専門エージェント > 公認会計士とは > アカウンタンツマガジン[Accountant's magazine] > vol.81 > 峯岸 芳幸(税理士法人 峯岸パートナーズ) - 会計士の肖像
現場で働く会計士の声

Accountant's magazineとは

最新号

Accountant's magazine vol.81

-アカウンタンツマガジン-
2026年04月01日発行

会計士の肖像

「人とのつながりを大切にする。常に学び、職業的な勘を鋭く養う。こうした姿勢は、いつの時代にも絶対的に必要だと思う」

税理士法人 峯岸パートナーズ
代表社員峯岸 芳幸

会計士の肖像

「父の跡を継ぐ」。高校2年生の時に将来の道を定める

公認会計士・税理士としての道のりは、実に50年近くになる。監査法人でキャリアをスタートさせた峯岸芳幸は、28歳の時に自らの事務所を開設。以降、クライアントの業種・規模を問わず多様な業務に取り組み、実績を重ねてきた。そして、40代後半からは会務にも尽力。日本公認会計士協会東京会練馬会の会長に就任したのを皮切りに、東京会会長、協会本部副会長などを歴任し、業界や地域に大きく貢献した。何より大切にしているのは〝人とのつながり〟で、何事にも誠心誠意を尽くす峯岸に寄せられる信頼は厚い。

地元はずっと変わらず、東京の練馬です。私が幼かった頃はまだ自然が残る環境で、周りには屋敷林や畑が点在し、大きな空き地もあって子供が遊べる場所は多かった。友達と一緒に木登りをしたり、野球や缶蹴りをしたり、元気に遊び回ったものです。

中・高の6年間は一貫校である武蔵で過ごしました。自宅から近いんですよ。グラウンドで陸上部の人たちが練習しているのをよく見ていて、憧れていました。私は小学生の頃は体が大きく、わりに走るのが速かったから、「できれば入りたいな」と。それで武蔵中学校を受験したのです。

ただ入り口としては補欠合格で、以降も学業的には高校を卒業するまでずっと劣等生。東大進学者が多い受験校にいながら、試験期間以外はほとんど勉強せずで。好きな文系科目は勉強したものの、苦手な英数系の科目は先延ばしにするものだから、どんどん遅れていく。結局、平均すると成績は下から数えたほうが早いという具合でした。

憧れていた陸上部には中学入学早々から入部し、高校3年の春まで在籍しました。取り組んだ競技は短距離と走り幅跳び。まぁ素質がなかったのでしょう、自慢できるような記録は残せなかったけれど、日々の練習やみんなで盛り上がった合宿など、楽しかった思い出は尽きません。ちなみに、私は大学に進学してもしつこく陸上を続け、100mと走り幅跳びともに自己ベストを出すことができたんですけど、中高時代を振り返ると、もっと一生懸命やっていれば記録も伸びただろうにと、反省心のほうが強いです。陸上競技にしても学業にしても〝やりきった感〟がないというか……。こんな感じだったから、充実した青春時代だったとは言えないのが正直なところです。

公認会計士を志望するようになったのは高校2年生の時。いずれは、税理士事務所を営む父親の跡を継ごうと考えてのことだ。「継いでほしい」と言葉にされたわけではないが、病気がちだった父親の大変な様子を目にしていた峯岸にとっては、自然な選択であった。

父は浅草の会社で経理の仕事をしながら税理士資格を取得し、34歳の時に事務所を開業したんです。もともと体が弱かったのですが、私が高校2年生の頃からかなり悪い状態になり、それでも事務所の人たちと一緒に頑張っていました。大変だったと思いますよ。長男である兄貴は別の道を目指していたから、継ぐなら私しかいないと。

もう一つ。私はずっと劣等生だったから、どこかでリセットしたい気持ちがあったのです。そのためにも資格試験を目指そうと考え、大学進学したというわけです。商学部のある大学を受験しまして、そのなか、何とか合格したのが中央大学でした。

ここからがリセットです。もう何に対しても苦手意識を持たないと決め、在学中に必ず公認会計士第二次試験に合格すると、強い気持ちでもって臨みました。当時の中央大学には受験団体が3つあって、私はすべての入部試験を受けたんですけど、合格したのが「志雲会」でした。大学入試よりはるかに難しい試験だったけれど(笑)、ここに拾ってもらえたことは大きかった。

4年間の大学生活のほとんどを占めていたのは志雲会での活動です。午前中は同学年みんなで取り組む図書館での自習、午後は先輩に教えてもらう合同勉強、そして、終わったあとは麻雀というのが基本パターン。そういえば、大学に入ってから一時期珠算塾に通って、小学生と一緒に習ったこともありましたねぇ。我々の時代はまだ算盤でしたから。ときに熱い議論を交わした合同勉強、厳しい夏合宿、熱気にあふれた麻雀……同学年だけでなく、先輩・後輩たちとの交流は本当に価値あるものでした。

二次試験は2年生から受験し、3回目となった4年生の時に合格。目標どおり在学中に合格できたことは、素直に嬉しかったですね。志雲会に入っていなければ、叶わなかったと思います。今も交流が続く諸先輩や、後輩だった妻と出会えたのもここ。そういう意味でも、私にとって志雲会は間違いなく大きな存在だと言えます。

この記事の続きを閲覧するには、ご登録 [無料] が必要です。

Profile

税理士法人 峯岸パートナーズ 代表社員 峯岸 芳幸

税理士法人 峯岸パートナーズ代表社員峯岸 芳幸

1952年7月15日
東京都葛飾区生まれ、練馬区育ち
1974年10月
公認会計士第二次試験合格
1975年3月
中央大学商学部会計学科卒業
1975年4月
監査法人中央会計事務所入所
1978年3月
公認会計士登録
1978年10月
税理士登録
1979年7月
公認会計士峯岸芳幸事務所設立
1980年9月
峯岸芳幸税理士事務所設立
2012年1月
税理士法人峯岸芳幸会計事務所設立
2012年6月
行政書士登録
2012年12月
税理士法人峯岸パートナーズへ名称変更

Accountant's magazine
バックナンバー

Accountants_magazineバックナンバー 学生インターン募集中 PARTNERS

掲載企業抜粋(50音順)

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
ら行
わ行

ジャスネットの強み

【閲覧無料】会計プロフェッションのヒューマンドキュメント誌「アカウンタンツマガジン」

ジャスネットコミュニケーションズ株式会社プライバシーマーク ジャスネットコミュニケーションズ株式会社は、「プライバシーマーク」使用許諾事業者として認定されています。


ジャスネットコミュニケーションズ株式会社 職業紹介優良事業者 ジャスネットコミュニケーションズ株式会社は、職業紹介優良事業者として認定されています。


↑ PAGE TOP

© JUSNET Communications Co.,LTD All rights reserved.

新規登録