会計士の肖像
PwC Japan有限責任監査法人
代表執行役井野 貴章
20年7月、PwCあらたの代表執行役に就いた井野は、自らが大事にする世代交代という価値観の具体化と監査品質のさらなる向上をミッションに定めた。後者に関しては「目標達成のために総力戦で取り組んでいる時期にトップに就任し、それがルーティンでこなせる道筋が見えてきた」という表現で、ここまでを評価する。視野に入れるのは、監査の自動化、SDGs/ESGを踏まえた活動をはじめ、新たな時代を見据えた課題の解決である。
我々の掲げるテーマの一つが、「〝信頼の空白〟を埋めること」。典型的な例を挙げます。我々は非監査業務にも注力していますが、そのなかに「空飛ぶタクシー」などドローンの社会実装に向けた取り組みがあります。3次元位置情報を活用するドローンは、その情報が適切に管理されないと事故につながります。安全なシステムとして稼働させていくためには、内部統制やリスク管理が有効に機能しなくてはなりません。その部分を会計監査で培ったノウハウ、経験を生かしてサポートしていきたい。さらに、現場にはその安全性を誰かに保証してもらいたいというニーズが生まれます。どんなに優れたものでも、社会の信頼が得られなければ事業化は難しいからです。その空白域を埋めていくことも、まさに〝我々の仕事〟といえるでしょう。
そうやって社会の不安要素を取り除き、技術の導入などを後押しする。さらには、企業価値の源泉を深く理解し、企業と資本市場との対話を財務と非財務の両面から監査・非監査で支えていく。目の前には、アシュアランスを生業にしている会計士、監査法人が社会に貢献できる新たなフィールドが広がっているのです。そうした未来を考えると、あらたと京都の統合は、意義あるものです。あらたは大企業のグローバル監査をメインにスタート。京都は、ベンチャーが世界に乗り出す成長を学んできました。両者が持つものを学び合うことで、さらに大きな挑戦ができるはずです。
取材中、井野は「今まで誰にも見せたことはなかったのですが……」と前置きして、社会人になる頃、起業家だった祖父から渡された手紙を取り出した。そこには、「苦労をすること」「要修行」といった言葉が並ぶ。当時は正直、「うるさいなあ」という受けとめだったというが、自ら経験を重ね、読み返すうち、その一言一句の深さに気づいたそうだ。
祖父は、関東大震災と敗戦で2回丸裸になりながら、リベンジを果たした人でした。大した苦労もせずに育った孫が心配で、精一杯思いを伝えたかったのでしょう。この手紙には、「問題を表からも裏からも見ようとする探求心が大事だ」という指摘もあります。先ほど保険会社のリスク管理の話をしましたが、仕事が会計に留まるならば、BSに載らないリスクは自分たちの〝管轄外〟といえます。でも、あえて財務諸表の手前にあるリスク管理を勉強していくと、独自の内部統制とガバナンスによる規律に気づきます。少し先まで物事を突き詰めていくことで、どんどん知見は広がります。ひいては、将来我々が担うであろう、新しい非監査業務やその延長にある新しい保証業務を提供するベースにもなっていくはず。それが監査に従事する会計士の時間の使い方だと、僕は思うんですよ。
「一隅を照らす者、国の宝なり」。これは、私たちの基礎研究所で主任研究員をお願いした鳥羽至英先生が、会計士の志として大切にしていると教えられた言葉ですが、若い人にぜひ共有したい。私たちが行っているのは、様々なものに光を当てることにより、国富の増加に貢献できる仕事。奥山章雄先生が尽力された「国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする」という公認会計士法第1条は、同じ〝北極星〟を示して私たちを鼓舞しています。若い人には、ぜひその誇りと使命感を胸に、〝意味ある苦労〟をしてほしい。どこに意味があるか飛び込む前に悩むより、飛び込んだ環境で何を見つけ出すのか――。それが自分たちの存在感を高め、結果的に自分を高めることになるはずです。
PwC Japan有限責任監査法人代表執行役井野 貴章