会計士の肖像
石田正公認会計士事務所
石田 正
石田がロンドンに赴いたのは89年。その前には、アーサーヤング東京事務所と朝日監査法人の事業統合があり、すでに朝日に移籍していた石田は、パートナーに就任すると同時に駐在先へと向かった。この頃は、当時のビッグ8がビッグ5に合従連衡していった時代である。その流れに伴い、前半はアーンスト&ヤングに、後半はアーサー・アンダーセンに出向、通算で6年間のロンドン生活となった。
ヨーロッパの日本企業部門の統括責任者として、イギリス人のパートナーたちと日本企業との間を調整し、欧州全般の管理業務を行うのがミッションです。シンガポールの時と同じく営業は面白かったし、何より幅広い仕事を実地で学べたのが有益でした。やっぱり、日本とは仕事が全然違いますから。
日本では法的な制限から税務業務ができないけれど、欧米では税務はもとより幅広いサービスを提供するのが当たり前。いわば「ゆりかごから墓場まで」の感覚です。会社を設立して育てる、いろんな連結作業も行う、そして会社が廃業するとなれば、リクイデーターのような清算人としての仕事にもかかわる。数字が関係するところには、ほとんど首を突っ込むわけです。日本だと、会計監査だけにフォーカスを当てざるを得ませんから、これは勉強になったし、会計士が持てる職域の広さを知ることができました。ことに、財務会計と密接につながる税務会計の重要性を理解し、その知識や考え方が身についたのは大きかったですね。
日本の朝日監査法人に戻る頃には、国際事業本部のヘッドとしてのポジションが用意されていて、そのまま朝日での仕事が続くと思っていたんです。そうしたら……アーサーヤング時代のクライアントだった日本マクドナルドから、「そろそろこっちに来て仕事しないか」と声がかかりまして。創業者である藤田田さんや、財経本部長であった豊田睦平さんとは、出会ってからずっとお付き合いが続いていたんですよ。迷わなかったといえばウソになりますが、海外駐在を経て、事業会社で働いてみたいという思いが大きくなっていた私は、〝向こう岸〟に渡る決断をしました。52歳という年齢も決め手の一つでした。当時は、60歳が企業人として区切りだと思っていたので、この機会を逃すと、もう新しい世界に飛び込むのは難しいだろうと考えたのです。
96年、石田は日本マクドナルドに転籍し、上席執行役員(CFO)に就く。石田の会計士人生は大きく二分されるが、事業会社に転じたこの時が大きなターニングポイントとなった。「数字を扱う」ことに違いはないが、飛び込んだ世界の景色はまた新しく、石田は学びを得ながら、さらに飛躍していく。
それなりに幅広い業務をこなせるようになったと思っていましたが、CFOを務めるにはまだまだ力が及ばないことを痛感しました。特にファイナンスに関する知識ですね。どう予算を立て、どう管理するのか、あるいは資金調達はどう行うのか。業務の合間を縫ってひたすら本を読み、新たな知識の習得に努めてきたつもりです。
会計監査というのは、すでに確定している〝過去の数字〟を見るわけでしょう。私自身、事業会社に移るまでの25年間は過去の取引数値を追いかけてきて、それがすべてだと思っていたけれど、経営全体からすればごく一部にしか過ぎない。むしろ事業会社が扱う数字は、現在および将来の数字のほうで比重が高いのです。考えてみれば、至極当たり前ですが、やはり見ると聞くとは大違い。財務数値を有効に使う経営のプロは、縦軸に予算と現在地を置いて、事業活動を立体的に把握し、経営判断の材料に使うのです。CFOに就いてから、本来の会計の仕事を再認識し、こういったアプローチは会計監査にも必ず役立つと実感しました。
事あるごとに「生きた数字に触れなさい」と口にするのは、こうした経験からです。それも若いうちに。私はそれなりの年齢になっていたから、キャッチアップするのに苦労しました。会計事務所や監査法人で、例えばマネジャーぐらいまで務めたら、一度事業会社に移って、生きている数字に触れる機会を持つべきだと思います。少なくとも、財務諸表というものに対する見方がまったく変わりますから。
そして、生きた数字に触れるには現場に出ること、現場を知ること。監査の英訳は「Audit」で、語源は「auditus」、すなわち「聴く」です。会計監査でも事業会社でも、現場のリアルな声に耳を傾けることがすべてのスタート地点になります。
例えば、工場での棚卸しが不十分であるとか、仕入れ担当者が予算未達のために仕入先と口裏を合わせて架空在庫を計上し、粉飾しているケースがあるとします。でも、監査人は一定金額を重要性の基準にしているから、先送りにしていることや少額の粉飾はチェックから漏れてしまう。大事になってからでは遅いわけで、その前に小さなリスクを見つけ出す。監査機能を持つ人間の最も重要な仕事です。現場に出て様々な観点でもって見聞きをしていると、思わぬところからヒントを得られるものです。だから、現在のような四六時中パソコンに向かう状況には危惧を覚えますね。今一度、本質を捉え直す必要があるのではないでしょうか。
石田正公認会計士事務所石田 正