会計士の肖像
一般財団法人 会計教育研修機構 理事長
日本公認会計士協会 前会長
手塚 正彦
7月に解散した法人の決算を終えた後、自身は07年10月、監査法人トーマツにパートナーとして入所する。新天地では、経営会議メンバーの一員として経営に携わる一方、新規事業の立ち上げなども手がけた。そんな手塚に、「会計士協会の会長に立候補してみませんか?」と声がかかった。予想外のオファーだったが、「業界全体のために、自分の経験やこれまで身につけたことが役立つのではないか」と考えた末、立候補を決意。19年7月、その座に就いた。就任の抱負として真っ先に語ったのは、「監査の信頼を回復させること」だ。
そのために考えたのは、“監査の現場力の向上”でした。現場力を高めるのには、例えば最新のITツールを駆使できるような個々人のレベルアップが必要になるでしょう。
同時に、単に基準に準拠して監査を行うだけではなく、企業に対して“プラスα”の価値を提供できることが、真の現場力だと思うのです。それがあってこそ、顧客から本当に信頼を得られる存在になれるはず。
ただ、この点については、“壁”もあります。カネボウ以降も相次いだ不祥事の影響もあり、監査基準も様々な規制についても、年々厳しくなりました。現場は、ともすれば、とにかくそれを満たすことに汲々としてしまう。忙しさと、ルールを逸脱することの“怖さ”で、企業へのアドバイスなどには二の足を踏む。多忙のあまり、若い人がやりがいを感じる前に退所してしまう。由々しき状況だと言わざるを得ません。
当然、監査業界には一層の努力が必要です。一方で、監査を含めた日本の資本市場がグローバルで信頼を得るためにも、ただ現場への規制強化だけではない、もっと全体感を持った政策の実行が不可欠でしょう。そうした考えから、微力ながら政治への働きかけなども行いました。
そのほか、中小監査法人の基盤強化のサポート、監査法人以外で活躍する会計士の支援、地域活性化のための支援、小中学生向けの教育プログラム「ハロー!会計」のスケールアップをはじめ様々な課題に取り組みました。ただ、いかんせん3年でできることは限られていて、なんとか基礎的なところに手をつけられたという感じでしょうか。これからも、具体的にお手伝いできることがあれば、役に立ちたいと考えています。
ところで、公認会計士協会の会長は、会計士の実務補習などを担う会計教育研修機構の理事長を兼務するのが通例だ。それに従えば、会計士協会会長を退いた22年7月をもって、同理事長も後任の会長に譲らなくてはならないのだが、手塚は“続投”を願い出た。その真意はどこにあったのだろうか。
研修機構は、「会計人材の育成と会計リテラシーの向上に貢献する」という高邁な理念を掲げています。この理念を実現するためには、トップである理事長が、相当の時間を使って経営にコミットする必要があることが、実際にやってみてわかりました。しかし、会計士協会の会長は超多忙です。本気で理念を実現しようと思えば、兼務では物理的に極めて難しい。そこで、協会の役員会とこちらの理事会に「しばらくやらせてほしい」とお願いして、認めていただきました。
課題は山積です。会計士の「実務補習」に関しては、時代に合わせて内容を改定すると同時に、実務補習生の利便性を高めて、教育をさらに充実させる必要があります。また、一般の方々向けの「研修事業」も、その品揃えと質をもっと高めなければいけない。将来的には認定書が出せるくらいのプログラムを作成するのが目標です。
もう一つ、監査先が増えている中小監査法人のサポートも大事なテーマです。新しい監査の品質管理基準などに対応していくのは、結構高いハードルになるはずですから。
あらためて振り返ってみると、偶然会計士になったような私ですが、今日に至るまで“自信満々”な感覚になったことは、一度もありません。ずっと不安(笑)。しかし、会計士である以上、常に「自分は本当に貢献できているのか?」と、自分自身に問い続ける宿命にあると思うんですよ、プロフェッショナルなのだから。
不安を解消する方法の一つが、勉強し続けることです。特に若い人には、会計や監査基準以外の幅広い知識、教養を身につけてほしい。顧客に価値を提供するためには、絶対に必要です。
先ほども触れましたが、監査法人に入った若手が5年くらいで辞めてしまう、という現実があります。本音を言えば、7年から10年は続けてもらいたいのです。そうすれば、監査の現場で責任を持って会社を見られるようになるでしょう。その立場で仕事をした経験知は、仮に外に出た場合でも、間違いなく大きな財産になります。
せっかく難関の試験を突破して、この世界に入ったのだから、監査の本当の醍醐味を味わってから、進むべき道を考えるようにしてほしい。それが僕の切なる願いです。
一般財団法人 会計教育研修機構 理事長
日本公認会計士協会 前会長
手塚 正彦