会計士の肖像
有限責任あずさ監査法人
会長髙波 博之
「コンサルの初代社長を、1年でクビになった」と言う髙波は、15年に東京事務所長に就任するや、当時の酒井弘行理事長と組んで“監査法人の大改革”に着手する。「健全なプライドを持って、自律的に論理的思考で物事を考え実行できるプロフェッショナルの集団」をつくり上げるのが目的だった。
改革のベースに置いたのは、我々の本質的な役割、存在意義とは何かを問い直し、変えていくことです。監査に対する規制強化というか、完全性が求められる風潮が強まるなかで、気がつくと“ミスをしない監査”を一生懸命やっていた、という現実があります。もちろん、きちんとした調書を作成することは大前提ですが、そこばかりにエネルギーを費やしていたら作業は機械的になるし、若手がプロフェッショナルとしての自覚を育む余裕もなくなってしまう。監査法人の役割としてまず重要なのは、マーケットの信頼を棄損する事態を、絶対に発生させないこと。そこには、基本的なリソースを集中的に投入する必要があるでしょう。
そのうえで定着させたいのが、“考える監査”です。私はよく若い部下たちに、「会社を担当したら、まずオーナーシップを持て」と言うんですよ。自分の会社だと思えば、愛着も湧くし、いろんなことが見えてきます。
実際の監査に際しては、合理的な結論を導けるように、理論的にとことん突き詰める。監査人は、会社がつくったものをついついなぞってしまいがちなのですが、自らの頭で考えて、自分なりの結論を出してから相手を見る必要があるのです。しかし同時に、相手の理屈にしっかり耳を傾けることも大事です。今の若い人は意外にここが弱いようにも感じるのですが、共感を持って事に当たらなければ、相手を説得するのも難しいですから。
一つひとつの監査に、こうした意識を持って臨むことは、必ずその企業やマーケットの利益につながっていくはず――私はそう確信しています。
「毎年、優秀な人材が1200名ずつこの業界に入ってくる。その人たちが、本当にこの仕事をして幸せだと思えるようにしないといけない」。インタビューの間、髙波は何度かそう口にした。“体制”の側の改革も必要だ。同時に、若き会計士には、「一歩踏み出す勇気を持ってほしい」と、エールを送る。
口幅ったくもあるのですが、私が会計士として最も嬉しかった出来事を紹介します。帰国後に携わったある企業の不良債権処理が終了し、担当を外れる間際、幹部の一人から、「話がしたい」と連絡がありました。こちらには、損失処理をめぐって相当厳しく対応した自覚があったので、正直気乗りはしませんでした。ところが、その方は会うなり、「あなたに結論の先延ばしは容認できない、と明確に言われたことで、我々は最終処理の覚悟を決めた。そうしていなかったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。いつかどうしてもお礼を言いたかった」と感謝の言葉をくれたのです。
こんな話を持ち出すのは、会計士にとって「自らが正しいと思ったことを主張する」ことが重い意味を持つことをわかってもらいたいから。「常に白紙の心を持って」。これは私が信念として自分を律している言葉です。
常に先入観を持たず、まずは物事の正確な理解を心がけるということ。そしていったん理解した後は、自らの美学に照らして判断し、自分が本当に正しいと思える道を進む。もちろん途中で最初の理解が違っていることに気づいた時は、恐れず判断を変える勇気も重要ですが。
時代が違うと言われるかもしれませんが、会計士というのは“素敵な仕事”で、将来性も十分だと私は思います。社会が複雑化し、ブラックボックス的な部分が増えれば増えるほど、「この情報は信頼できるのか」という“保証”に対するニーズは高まるでしょう。マーケットにおいてその“お墨付き”に関与できるのは、監査法人、会計士以外にありません。
会計士は、戦略的思考に基づいて仕事ができる職業でもあります。財務諸表の記載数値が正しいことを証明するために、1年間の戦略を構築していく。その過程で会社の中身も見えてくる。楽しいじゃないですか。親方の背中を見て盗む、すなわち“戦術”をベースにする仕事とはそこが大きく違います。
企業のガバナンスという観点からも重要な役割を担える、という話はすでにしました。言い方を変えれば、経営陣にとってかけがえのない助言者になれるわけです。若くして企業のトップと対等にやり取りできる仕事というのも、そうないと思います。
「この資格を持っているからこそ、できること」は、もちろんほかにもまだまだあります。いずれにせよ、縮こまっていたんじゃ、もったいない。「為せば成る」「一歩を踏み出そう」。きっと、その蛮勇を天は見放しません。それが、様々なポジションで公認会計士として働いている皆さんに向けた、劣等生だった私からのメッセージです。
有限責任あずさ監査法人会長髙波 博之