会計士の肖像
プライスウォーターハウスクーパース株式会社
代表取締役社長内田 士郎
第二次試験の合格発表の日、内田は外資系会計士事務所の採用面接に出向く。門を叩いたのは、当時のビッグ8に名を連ねるプライスウォーターハウスとピートマーウィックミッチェル。「5年後に海外へ」という内田の希望を受け入れ、即決採用したのは後者。もっとも縁とは異なもので、十数年後、内田はプライスウォーターハウスから思わぬオファーを受けるのだが……。とにもかくにも80年10月、内田は晴れて初志の第一歩を踏み出した。
「監査業務は5年しかやるつもりはない。あとは海外でビジネスをする」なんて生意気なことを言ったのに(笑)、ピートマーウィックはその場で採用通知をくれました。当時の外資系は、仕事はきつい、語学の壁があるというので敬遠されていたけれど、僕には格好の場でした。監査業務を通じて、数々の大手企業のカルチャーに触れられたのは刺激的だったし、入所翌年からは、人材確保のためにリクルーターを務めたり、相変わらず何でも率先して行動していました。
海外赴任のチャンスが巡ってきたのは、入所6年ほど経った頃です。米国のサンノゼ。最初に思ったのは「それどこ?」(笑)。今でこそ、シリコンバレーの中心地として有名ですけど。86年の秋、僕の米国生活はこの片田舎から始まったのですが、当初は戸惑うことばかり。まずは挨拶と思って、「明日からお世話になります」と事務所に出向けば、「明日からなら何で今日来るの?」と言われるし、仕事も待っていては誰も何も教えてくれない。僕は駐在員待遇ではなくローカル待遇だったから、年俸も3分の2になるし、英語で仕事をする難しさも痛感しました。珍談、失敗談は数知れずです。
時はまさにハイテク産業の勃興期。諸外国からの企業進出でシリコンバレーは活気づき、サンノゼ事務所にも各国トップクラスの人材が集まっていた。この環境における十分な刺激と仕事経験が、内田を逞しくしたのである。彼が目指したのは、対米進出する日本企業の架け橋になること。現地法人の立ち上げから運営まで、「困った、頼む」のすべてを引き受ける“よろず支援”だ。功を挙げ、内田が市場で頭角を現すのに、そう時間はかからなかった。
米国の現地法人に送られてくる日本人社員たちが、不慣れな地で設立手続きやオフィス探し、現地スタッフの採用など、様々な業務をこなすのには誰かの助けが必要になります。そのお手伝いを引き受けようと。会計以外の分野でも、あらゆるアドバイスやサポートをするよろず相談所です。「何か困ったら内田に聞けばいい」。そう言っていただけるよう精一杯のことをし、そして全力で伴走した会社が成長する様を見るのは、この上なく嬉しかった。契約社数は確実に増え、その多くが会計監査も委託してくれて、結果、サンノゼ事務所に大きな利益をもたらしたのです。36歳の時、米国人と比べても早い昇進でパートナーになることができましたし、僕のコンサルタントとしての基盤はここにあります。
90年代に入った頃、ヘッドハンティングがかかるようになりました。その中でも熱心だったのが、プライスウォーターハウス。かつて採用面接に行った先なんですから、縁は巡るです。3カ月に1度ずつぐらい「どうだい?」と電話がありましてね。ずっと断っていたのですが、ある時、「責任者に会いたい」と伝えたら、本当に人事担当のトップが飛んできたのです。後日もらったのは、僕にホノルル事務所を預けるという実に魅力的な提案でした。
ただ、僕にはこだわりがあった。米国進出する日本企業への支援がどうあるべきか、自分の信念を経営陣に伝えたかったのです。だから、生意気にも経営会議の場でプレゼンさせてもらうことにした。今思い出しても冷や汗ものでしたが、結果、パートナーとして迎えてもらうことになりました。すると、今度は話が変わって、「君の意欲にふさわしいのはシカゴだ」というのです。当時、3000人のスタッフが働いていた、さらに大きな舞台。事情を聞けば、当初は僕にホノルル事務所の立て直しをさせたかったらしいのですが、それは近視眼的な発想だったと。加えて、「君のクライアントを持ってくるようなことはするな。僕らが欲しいのは君自身だ」という嬉しい言葉が、僕を決意させました。
ちょうど、トヨタやホンダなど製造企業の進出ラッシュが始まっていた時期で、僕はシカゴ事務所に移ってからも、それら企業のサポートに全力を尽くしました。日本の製造業の底力を感じ、一方で日本企業が抱える様々な課題にも直面しましたが、そのすべてが僕の糧。通算で13年間腰を据えた米国生活で、どんな困難なプロジェクトであっても、お客さまと共に、成功実現までの苦労と喜びを分かち合う素晴らしさを知りました。そして、互いに尊敬し合えるプロフェッショナルがチームを組んで仕事する素晴らしさも。要になるのはインテグリティ、誠実さです。信念を持って正しいことを主張し、正しいことをやり続けていれば、必ず人は信頼を寄せてくれる。これが、僕が米国で社内外からの信頼を得ることができた最大の理由だと思っています。
プライスウォーターハウスクーパース株式会社代表取締役社長内田 士郎