会計士の肖像
有限責任監査法人トーマツ
包括代表國井 泰成
大学内の経理研究所や予備校に通いながら、國井は文字どおり一から勉強を始めた。現在の公認会計士試験に該当する旧2次試験の合格率は平均6~8%という時代で、「人生で一番勉強した」。そして85年、「受からなかったらやめようと思っていただけに、この時ばかりは追い詰められました」。
実は途中、先輩に声をかけてもらって、ある監査法人で働きながら勉強していました。もう大学を卒業していたから、いつまでも親に面倒見てもらうのもよくないと思って。でも結局、両立できるほど話は甘くなく、早々に受験勉強に集中する環境に戻ったのですが……それまで受験勉強らしい勉強をしたことがなかったのですが、尻に火が付いた最後の1年間は、人生で一番勉強した時だったと思いますね。
就職先の希望としては、最初から等松・青木監査法人一本でした。当時はまだ純粋な日本法人でしたが、早くから欧米の監査法人に肩を並べようと国際化に積極的でしたし、業界内での評判もよかったのです。短いなりにも働いた経験があったから、そんな噂も耳にしていました。なので、迷わず決めて面接を受け、採ってもらえたという流れです。それから約35年、ずっといるのですから、私の肌に合っていたということなんでしょうね。
入社してすぐは、新人なので当然なのですが、難しい試験を受けたわりには単純作業が多いなという感じでした。印象に残っているのは、目まぐるしかった電話番。20人ほどの大きな監査チームに入れてもらった時などは、もう次から次に電話対応しなければならない。携帯電話やメールなどない時代ですからね、電話番は新人にとって大変な仕事でした。また、クライアントからの電話の取り次ぎだけでなく、仕事に切りがついて“打ち上げ”となった時は、20人分の日程調整をするわけです。上司や先輩たちは現場を飛び回っていますから、これも容易じゃなく、ほぼ1日かけて調整したり……まぁのんびりした時代でした。でも思えば、私には苦手なことだったので、メンバー全体の状況を把握し、ちゃんとしたコミュニケーションを取るというのは、非常にいい訓練になったと思います。
新人の頃から加わったこの監査チームのクライアントは大手流通企業で、國井は結果的に約10年関与している。「いい時も悪い時も」、長く同じ企業を見てきたことは非常に有意義で、國井を確実に成長させた。「数字の裏側にあるものを読み取る」という監査の本質を知ってから、気づきや興味が広がり、仕事が俄然面白くなったという。
入社して4、5年が経ち、主査を担当するようになった頃のことです。くだんのクライアントの仕事で、非常に重要な科目を担当していました。土地の購入に関するものです。その購入価格は適正か、契約書はきちんと整っているか、いろんな停止条件が付いてはいないかなど、すべてをチェックし、私は問題がないという結論を書いていたのです。
その時、上司であるトップのパートナーからこんなことを聞かれたました。「ところで、土地は何のために購入したんだ?」。クライアントからは聞いていなかったし、そこが論点になると思っていなかった私は、まともな回答などできません。すると上司は、「土地をいくらで買ったかより、目的のほうがはるかに重要じゃないか。価格や契約書のチェックだけでは監査になっていない」と言うわけです。数字上に何の問題がなくても、仮に、必要のないものを買っていればおかしいという話になるし、将来の値上がりを期待して買っているのかもしれない――目的がわからないでいいも悪いもないと。監査というのは、そこから入るものだということを教えてくれたのです。
数字の“奥にあるもの”を見てこその監査、それがわかってから一気に先が広がっていきました。同じ企業を長く担当したこともありますが、数字から見えるものが増えてくると当然気づくことも多くなり、仕事が本当に面白くなった。加えて、買収先の会社についての調査といった業務に携わることもあり、監査業務外のアドバイザリー業務も経験することができました。監査業務・アドバイザリー業務を問わず、クライアントや上司たちから多くを学んだからこそ、今の私があるのです。
有限責任監査法人トーマツ包括代表國井 泰成