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Accountant's magazine vol.50

-アカウンタンツマガジン-
2018年10月01日発行

会計士の肖像

「「自分は誠実に仕事をしているか?」自問自答すれば、足りない部分も見えてくる。それをやり切るのが 僕の言う"プロ"なのです」

青山学院大学 名誉教授 大原大学院大学 会計研究科 教授
博士(プロフェッショナル会計学)八田 進二

早稲田の大学院に進学。教員を志し博士課程は慶應へ

やりたいことを見つけた八田は、3年生から専門学校に通い、簿記検定の三級、二級をともに満点でクリア。余勢を駆って、公認会計士講座を受講する。一方大学では、経済学部のゼミをあえて受講せず、代わりに商学部の会計関連科目の“制覇”を目論む。結果、他学部聴講ということで、商学部の会計科目のすべてを履修したのだった。ただし、大学生でいられるリミットは、刻一刻と迫っていた。

4年生になると、同級生は次々に就職が決まっていく。心配した親父には、「私と同じ銀行に来なさい」と言われて。当時は縁故採用があったようですが、真面目な銀行員など勤まらないことは、自分が一番よくわかってた(笑)。

どうしたものかと考えていた矢先、専門学校の先輩から、「とりあえず大学院に行って、学生の身分で資格取得を目指す手がある」とのアドバイスをもらった。調べてみたら、慶應はすでに募集が終了。ならばと早稲田を当たったら、まだ間に合った。

早稲田大学大学院の商学研究科には、専門学校の会計士講座で監査論を教えていた日下部與市先生がいたのです。淡々とした“遊び”のない授業は、中身も素晴らしくて。そういう経緯で日下部ゼミの一員になり、次第に、監査論に惹かれていくことになるわけです。

余談ですが、僕は学生の分際でありながら、ずっと“車通学”していました。練馬の自宅から日吉の慶應まで、まだ環八なんてないから、西武線、京王線……って、都合4つの“開かずの踏切”を越えて、1時間半。早稲田の修士課程の試験にも、車で行きました。幸い にも、面接で「君は簿記がよくできるね」と褒められて、「合格間違いなし。さあこれから彼女とデートだ」って正門を出たら、脇に停めておいた車がない(笑)。レッカー移動されたのを戸塚警察に取りに行ったブルーな気分は、いまだに忘れられない。

話を戻すと、僕が大学院生になったのは、あくまでも会計士試験の突破が目的でした。だから一心不乱に試験勉強しなくてはいけなかったのですが、早稲田の新しいキャンパスで気が緩んだこともあって、結局その年に受けた二次試験(当時)は、原価計算で大チョンボを犯して不合格。一度書いた答案を全部書き直したのですが、最初のが正解だった。悔しくて、家に帰って大泣きしました。

痛い目に遭って、やはり「大学院の授業と両立させて」というスタンスでは甘いと気づいた。で、夏からまた専門学校に通って勉強し、翌74年秋には、無事合格することができました。

所期の目的を達して一息ついていた大学院生に、学んでいた専門学校から「講師をやってほしい」と声がかかる。“本筋”も忘れてはならじと、個人の会計事務所で週3日の勤めも始めた。さらに、折しも74年に商法改正がなされ、翌75年から、会計監査人による監査がスタートし、現場が深刻な人手不足をきたすなか、請われて監査法人にも籍を置く。あれよあれよという間に、学業と合わせ“4足の草鞋”を履いたのだったが。

二次試験に合格した直後、日下部先生が病に倒れ、翌年初めに亡くなってしまった。後任は、アメリカ帰りの藤田幸男先生でした。いろんな成り行きもあって、結局修士を1年留年して藤田ゼミの1期生になったのですが、この時先生から草創期にあった国際会計について学んだことも、後の自分にとって大きな糧になりました。

もともと教員になるつもりなどまったくなかったんですよ、僕。ただ、多くの著名な先生と出会い、自分でも講師をやったりしているうちに、人に教えるのもいいな、と感じるようになって。また、“重要性の原則”をテーマにした修士論文を仕上げたことで、クリエイティブな研究の面白さにも目覚めて、やはり博士課程に進もう、と。ほんと、行き当たりばったりですよね。ところが、早稲田のドクターはドイツ語が必修で、ちょっと荷が重い。いろいろ検討した末に、出戻りじゃないけど、慶應の商学研究科の博士課程に行くことにしました。

その後もそうですが、僕みたいに何足も草鞋を履いてたり、“実務の世界”に首を突っ込んでいたりすると、「実務に携わる学者は不純だ」とか「研究者の信念を貫いていない」とか言う人がかなりいました。でも、会計は実学でしょ?実務と直結しない会計学なんて、なんのためにあるのだという話で。その感覚を早くから体得できたことはラッキーだったと思うし、そういうふうに導いてくれた人たちに、僕は心から感謝しているのです。

Profile

青山学院大学 名誉教授 大原大学院大学 会計研究科 教授  博士(プロフェッショナル会計学) 八田 進二

青山学院大学 名誉教授 大原大学院大学 会計研究科 教授 博士(プロフェッショナル会計学)八田 進二

1949年8月3日
名古屋市千種区生まれ
1973年3月
慶應義塾大学経済学部卒業
1974年9月
公認会計士第二次試験合格
1974年10月
須藤公認会計士事務所勤務
(~1978年5月)
1975年10月
監査法人中央会計事務所勤務
(~1986年12月)
1976年3月
早稲田大学大学院
商学研究科修士課程修了
1982年3月
慶應義塾大学大学院
商学研究科博士課程単位取得
1987年4月
富山女子短期大学
商経学科助教授
1990年4月
駿河台大学経済学部
経営情報学科助教授
1996年4月
同大学大学院
経済学研究科教授
2001年4月
青山学院大学経営学部
経営学科教授
2005年4月
同大学大学院
会計プロフェッション研究科教授
2011年4月
同大学大学院
会計プロフェッション研究科長
2018年4月
青山学院大学 名誉教授
大原大学院大学 会計研究科教授

[専門家としての過去の対外活動]

日本監査研究学会会長、日本内部統制研究学会会長、会計大学院協会理事長、金融庁・企業会計審議会委員(内部統制部会長)などを歴任。株式会社日本政策投資銀行、理想科学工業株式会社、日本航空株式会社の社外監査役、独立行政法人経済産業研究所、学校法人聖路加国際大学、東京アマチュア・マジシャンズ・クラブの監事などを兼務。

主な受賞

日本会計研究学会学会賞(1999年)、日本内部監査協会・青木賞(2001年)、日本監査研究学会・監査研究奨 励賞(2010年)、会計大学院協会・会計教育貢献者賞(2015年)、日本会計教育学会・学会賞(2015年)、日本内部監査協会・功労賞(2017年)ほか多数。

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