The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
Retty株式会社
CFO/コーポレート部門担当執行役員土谷 祐三郎
その後、マネージャーに昇格した土谷氏だったが、入所7年目、ある決断を下す。戦略的コンサルファーム、コーポレイト ディレクションへの転職の道を選んだのだ。背中を押したのは、同僚がボストン・コンサルティングに移ったことだった。
「実は学生時代から企業の経営を支援する仕事に興味がありました。でも、純粋なコンサルタントという職業をこの時まで知らなかった(笑)。監査をやってあらためて思ったのは、企業活動は、戦略↓実行↓記録↓監査という流れにあるということ。やはり源流は戦略で、そこに携わることにがぜん興味が湧きました」
だが、転職した08年には世界的な金融危機が進行、リーマンショックが起こる。コンサル業界全体が厳しい環境となり、同社も状況は同じだった。しかし、「石にかじりついてでも、3年はこの職場で頑張る」と心に決めていた土谷氏は、事業戦略の策定、人事組織の構築、M&Aの事業デューデリジェンスといった幅広い業務を担当し、経験を積んでいく。
「一番苦労したのは、監査時代と頭の使い方を変えることでしたけど、鍛えに鍛えられるうち、どんな依頼が来てもある程度の提案ができると思えるようになりました」
そうした業務のなかで仲良くなった一人が、投資ファンド、ACAのパートナー。コンサル案件は、フィーの関係上、どうしても期間限定となる。結果が出るまで一緒にやれるケースはほとんどなく、そこにやや物足りなさを感じていた土谷氏は、飲みの席で、「御社に入れてください」と冗談半分で話す。返ってきたのは、「いいよ」の即答だった。
「自分で言い出しながら迷いましたけど(笑)、『日本のいいものを世界へ』という志向も、僕のベースにある思想と合致した。これも新たなチャレンジだ、と決断したのです」
そんな経緯で入社したが、入社2カ月にしてCFOを探していた投資先に完全出向のかたちでの派遣が決定。
「戦略ファンドの経験もある会計士」という肩書が決め手になった。派遣先は、「築地銀だこ」をチェーン展開するホットランド。課せられたミッションの一つがIPOだった。
「苦労したのは、社長をはじめ〝現場たたき上げ〞でやってきた人たちに、上場の意義を理解してもらうこと。社長とは、そうした議論を含めて、よく怒られたし、喧嘩に近いようなやりとりも結構ありました」
そんな努力が実を結び、3年後の14年、東証マザーズへ上場を果たす。
「IPO当日の祝いの席で、社長に『おめでとうございます』と声をかけたら、突然、泣き崩れて、『お前がいたから上場できた』と言ってくれたんですよ。辛かったものが、全部嬉しさに昇華された気がしました。山は厳しいほど、登った時の感激が大きいことを実感した瞬間です」
Retty株式会社CFO/コーポレート部門担当執行役員土谷 祐三郎