The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
株式会社global bridge HOLDINGS
取締役 管理部長市村 浩子
2005年、就職先に選んだのは、新日本監査法人(当時)だった。時あたかもJ-SOX施行前夜の超のつく会計士不足の時代である。彼女も即刻、〝実戦〞に駆り出されることに。
「一人で顧問先へ行ってくれと。そうは言われても、最初は何をすればいいのかわからないし、質問が来ても即答などできないわけです。逆に面倒見のいい経理部長が『お!浩子、元気か』なんて言いながら、会社とはこういうものだと教えてくれて。稟議書のような社内の様々な書類を見せてもらったのも、とても勉強になりました。会社というものの仕組み、こうやって物事を決めていくんだという流れや資金調達の方法が、早くから現場で理解できたのは、幸運だったと思います」
特にためになったのは、地銀の自己査定の案件を担当したことだという。
「融資先200社ほどの企業の決算を次々に監査して、銀行が引当金を積む必要があるのかどうか見ていくわけです。あえて会計士の判断を仰ぐのは、例えば在庫が年商の3年分ぐらいあるといった、引当を積むかどうかグレーな案件。本当にいろんなケースがあって、それらを分析し結論を出していく作業には、非常に鍛えられました」
一方、時には〝修羅場〞も経験した。
「ある会社のIFRS移行時、会計処理に対する見解がまったく折り合わずミーティングが終わらない、真剣なだけにお互いテコでも動かない。あの時の一触即発の緊張感は、今でも忘れられません」
そんな経験を積みながら、市村氏の中には、徐々に「出来上がった数字を見る監査とは、違うことをやってみたい」という思いが芽生える。
「先のIFRSの一件も、会社のほうには『自分たちが必死に積み上げた数字を、簡単には変えられない』という強いこだわりがあったのでしょう。そういう世界でも働いてみたかった」
11年、意を決して監査法人を辞め、事業再生なども手がける経営コンサルティング会社、グラックス・アンド・アソシエイツに転職する。様々な中小企業の実態を見た経験を生かしたいという気持ちに加え、「親族が長野で経営していたスキー場が経営難になって、いろいろ話を聞くうちに再生の仕事に興味を持った」のが動機である。
「そこで出会った中小企業の社長は、みんな世の中の役に立つと信じて、自分の好きなことに打ち込んでいる。そんな人たちの話を聞きながら、再生に向けた仕事をするのは、とてもやりがいを感じました」
ただし、「同時に難しさも痛感した」のだという。
「あるまちの水産事業の再生プランを立案する仕事に携わった際のことです。そのまちの雇用はほぼその会社で支えられている。この会社がなくなってしまったら、まちの方々の〝働く〞場所もなくなってしまう――。人が〝働く〞ことの意味を考え直しました」
その時に考えたのが、もっと〝自分ごと〞として働ける事業に携わりたいということ。悩んだ市村氏が出合ったのが、現在の職場である。今度のキーワードは、〝介護〞だった。
株式会社global bridge HOLDINGS取締役 管理部長市村 浩子