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Accountant's magazine vol.25

-アカウンタンツマガジン-
2014年08月01日発行

会計士の肖像

「会計士の存在意義とは何か?そこを徹底的に考えること。自分なりの貢献の仕方は、"原点"から見えてくる」

あらた監査法人
代表執行役木村 浩一郎

法人は外資系を選択。シカゴへ出向し大きな糧を得る

あえて“約束された道”に背を向けて挑戦した会計士試験だったが、現実は甘くない。大学3年の11月から本格的に専門学校に通い始め、翌年夏の合格を目指したものの失敗。「来年受からなかったら就職する」と親に頭を下げ、留年してリベンジを期すことに。

4年の卒業式の後の、あの空虚な気分は表現のしようがありません。同級生はみなそこに出席し、晴れて社会に巣立っていったというのに、自分は何をやっているんだ、と。恥ずかしい話、下宿で独り、号泣しました。

次の日からはまた、脇目もふらず猛勉強です。エネルギーになったのは屈辱と、後がないという危機感でした。1986年9月、何とか第二次試験に合格した時には、うれしいというよりほっとしました。監査法人は、最初から外資系を考えていました。比較的短期間でいろいろな経験ができるのではないか、というのが理由です。最終的には、面接担当者に人間的な魅力を感じた青山監査法人に決めました。

思い描いていた仕事とのギャップがどうだとか、そんなことを考える余裕は、1年目にはありませんでした。監査先に毎日行くので、その緊張感でいっぱい。次の日に何が起きるか見当がつかないでしょう。不安で眠れないこともありました。

入所した年の決算監査でのこと。疑問のある取引について、「部長の前では話せないだろう」と担当者を部屋に呼んで、先輩たちが問い詰めると、相手の手がブルブル震え出して……。こんな仕事やっていけるのだろうかと思いました、あの時は。

ただ2年目に入ると、急速に「明日何をすべきなのか」がわかるようになってきました。そのうちに主査を任され現場でインチャージの仕事を担当するようになると、監査の全貌が掴めますから、がぜん面白くなった。全体を俯瞰することで、そこにある“パーツ”一つひとつの持つ意味を理解し、それが本当に正しいのかを、だんだん判断できるようになったのです。

誤解を恐れずに言えば、「監査の正解」は一つではありません。ルールに則って作業する中で、どこを見て、どのように監査を組み立てていくのかは、大いに工夫の余地があります。そんな工夫を監査先に評価していただけるのは嬉しかったし、自分なりにつくり上げたものを業務執行社員に説明し、納得してもらうと、大きな自信にもなりました。

そういう仕事の仕方をしていましたから、自分のやり方を強引に押し付けてくるようなタイプの上司は、はっきりいって苦手でした。今でもそうですが、逆に下は生意気なくらいの人が好きです。堂々と自分の主張をしてくるというのは、それだけ勉強もしているし、自分の頭で考えているということでしょう。いざという時には、そういう人材が頼りになります。

会計士人生にとって一つの転機になったのは、93年から4年間のプライスウオーターハウスシカゴ事務所への出向だった。ずっと手を挙げ続け、入所7年目にして念願は叶った……のだったが、到着した翌日には日本への“強制送還”を覚悟したという。

入所してすぐの頃から、米国会計基準を採用する会社を多く担当しました。当時は日米の会計基準に大きな隔たりがあって、「米国基準に詳しい会計士は最先端を行っている」という雰囲気があったのです。先輩にもそこにこだわりを持つ人が多くて、多くのことを教わりました。そのような環境で育ったので、アメリカというのは憧れの対象で、絶対行ってみたかった。

だからシカゴに着いた時には、期待で胸がいっぱいです。ところが、さっそく「仕事を引き継ぐから」と呼ばれて米国人とのミーティングに臨んだとたん、それは絶望に変わりました。彼らが何をしゃべっているのか、チンプンカンプンなのです。英語力には相応の自信があったし、あちらの会計原則もそれなりに頭に入れていたつもりだったので、ショックでした。

その時気づきました。青山に駐在している外国人は、日本人向けにゆっくり話してくれていたんだ、と(笑)。救いだったのは、1、2、3……という数字が万国共通だったこと。数字まで言語のようにバラバラだったら、逃げ出していたかもしれません。

現地では、当然米国流の監査についてたくさんのことを学びましたけれど、何といっても影響を受けたのは、パートナーの姿勢です。監査先と大人の付き合いをするというか……もちろん監査はきちんと行うのですが、それに留まらないわけです。例えば業界でどのような変化が起きようとしていて、会社はそれへの対応ができているのかいないのか、といった話まで、いわばビジネスパートナーとして話を聞き、相談に乗る。日本では監査人はあくまで監査に徹して、「ここが違う」「あの数字はおかしい」に終始する世界でしたから、彼らの振る舞い方は新鮮で、理屈抜きにかっこよかった。あのスタンスを見習いたい、という思いは、今も私の中に脈々と流れ続けています。

Profile

あらた監査法人 代表執行役 木村 浩一郎

あらた監査法人代表執行役木村 浩一郎

1963年5月4日
福岡県福岡市博多区生まれ
1986年10月
公認会計士第二次試験合格、
青山監査法人入所
1987年3月
早稲田大学
政治経済学部経済学科卒業
1990年3月
公認会計士登録
1993年9月
プライスウオーターハウス
シカゴ事務所に出向
1997年7月
青山監査法人 社員就任
2000年7月
中央青山監査法人
代表社員就任
2006年9月
あらた監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部 部長就任
2009年6月
あらた監査法人
執行役(アシュアランス担当)就任
PwC Global Assurance Leadership Team メンバー
2012年6月
あらた監査法人 代表執行役就任

[主な役職など]
財務会計基準機構評議員、経済同友会幹事、日本取締役協会幹事、会計教育研修機構理事など多数

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