会計士の肖像
樫谷公認会計士事務所
所長樫谷 隆夫
仕事を開拓しながらも、「開業当初ヒマだった」樫谷は、武蔵監査法人(現新日本有限責任監査法人)でアルバイトもしていた。かつてCPA学生特別研究会で世話になった先輩から、「お前も手伝え」と声がかかったのである。この時にサポートしたクライアントが、電子機器部品メーカーのミネベア。海外に積極進出していた同社の業務支援を経験し、さらに、公認会計士協会の公職に就き始めたのもこの頃。樫谷は“新しい宿題”を次々とこなすことで、確実に力を蓄えていった。
ミネベアがドイツマルク債を発行するにあたり、その引き受け証券会社から連結決算を求められたんです。M&Aを重ねていて、たくさんの関係会社がありましたから。でも、当時はまだ連結決算の制度がなかった。連続意見書はあったけれど、あとは大先生が書かれた本を参考にするしかなくて、えらく苦労しましたが、海外からも資料を集め、何とか自分でルール化していったんです。やっつけ仕事とはいえ、親会社の立場で、このような仕事を経験したのは、当時は私だけだったかもしれません。貴重な機会となりました。
会計士協会の仕事をするようになったのも声がかりで、会計士になって早々のことです。実務補習委員を務めたのを皮切りに、会計制度委員会や監査委員会の委員など、まあいろいろと。「やれ」と言われれば、私は難しいことを考えず、何でもYES(笑)。ただ幸いなことに、いつも時代に先んじていられた。ミネベアでの仕事を経験したあとに連結決算制度ができ、中間監査制度ができ、あるいは外貨建取引の換算基準ができと、大きな節目ごとに、私は主要な役割を担わせてもらったのです。経験をもとに発言する機会も増え、けっこう活躍できたと思っています。私は、やっぱり運がいいんですよ。
ミネベアをサポートしたご縁もあり、センチュリー監査法人(現新日本有限責任監査法人)にも代表社員として加入し、こちらでは監査業務。自分の事務所ではコンサルティング業務をやり、加えて協会の仕事もですから……ずいぶん足場が広がった時代でしたね。
さらに、樫谷は積極的に本も上梓した。最初に出したのは、これからの在るべき会計プロフェッション像を描いた『経理マンの逆襲』。従前のほかの本とは一線を画す内容で、この部門ではベストセラーになった。次いで、90年に発行したのが『熱闘「株式公開」』。いわゆる手引書ではなく、株式公開の本質を説いた本だ。のちに、樫谷が「ユニクロ育ての親」と称されるようになったきっかけは、実は同書にある。
ユニクロが中国地方に数店舗しかなかった、小郡商事時代の話です。事業を拡大しようにも、地元の銀行から融資を受けられず……そんなタイミングで『熱闘「株式公開」』を目にした柳井さんが、東京まで相談にいらした。まだ小さな会社でしたが、数字を分析すると収益がよく、何よりキャッシュフローがすごく潤沢でした。ただ担保がないから、銀行は融資をしなかった。私たちは、キャッシュフローを計算しながら、店舗展開や広島証券取引所に株式上場することなどのお手伝いをし、支援を続けたのです。
やはり、柳井さんがすごいんですよ。彼は実に論理的で、中小の頃から正攻法を貫いていました。アパレルというのは、シーズンや流行などに左右されるリスクの多い産業なので、リスク分散型のビジネスモデルが主流です。柳井さんはそうじゃなく、そのリスクを全部取りましょうと。商品の企画から製造、物流、販売までを一貫して行う小売業態。今なら誰でも知っているSPAです。柳井さんは、当初からこう言っていました。「なぜ、みんなリスクを分散するのかわからない。だって儲からないでしょう」。理屈で言えばそのとおり。でもマネジメントが失敗すれば、リスクが多いぶん即破綻です。それを見事にやり抜けたのですから、彼らの知恵と努力は大変なものです。
2001年、日本での大成功をもとにロンドンに進出したんですが、実はうまくいかず、赤字状態でした。日本のビジネスモデルの単純転化では合わなかった。ただ、その損はユニクロ全体を揺るがすものじゃなかったし、会計的には2、3年待って事業計画を出してもらえば問題なかったのですが、柳井さんと議論しましてね。一旦一部のお店を整理し、イギリスで儲かるモデルをつくりましょう。そんな口出しもさせてもらいました。そもそも業績のいい会社で、会計処理に問題などないですから、柳井さんとはずっとビジネスの話をしてきたように思います。私が監査法人を辞めるまで15年以上、長いお付き合いのなかで、私自身も本当に勉強させてもらいました。
樫谷公認会計士事務所所長樫谷 隆夫
[委員・役職など]
総務省独立行政法人会計基準研究会委員、内閣官房行政減量・効率化有識者会議構成員、総務省政策評価・独立行政法人評価委員会委員、文部科学省独立行政法人評価委員会、内閣府行革断行評議会、日本公認会計士協会理事・常務理事、東京地方裁判所民事調停委員、内閣府官民競争入札等監理委員会委員長、内閣官房構造改革特別区域推進本部評価・調査委員会委員長など、多数の委員会や審議会の委員などを歴任
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