新天地から
新日本製鐵株式会社
財務部 決算グループリーダー池田 悟
池田氏が会計士の道に進むことを決めたのは、京都大学に入学して間もない頃。漠然とではあったが、「将来は何か専門的な仕事に就きたい」と考えるようになったという。
「何となく、大学を卒業して普通のサラリーマンに収まるのが嫌だったんです。もともと数字を眺めたり、計算することが好きでしたからね。公認会計士の資格でも取ろうかなと」
こうして猛勉強の末、二次試験合格を果たした池田氏は、周囲の同級生たちと同様に就職活動を開始。同時に、受験勉強のために通っていた専門学校の常任講師も務め始める。
「専門学校では公認会計士の方と接する機会が多かったのですが、彼らの話を聞くうちに、企業経営を監査するという立場ではなく、自ら財務諸表を作成する側に立って、より経営に近い仕事に就きたいと思うように。とりわけ、製造業では工場や技術、営業、財務など様々な分野の仕事が存在し、それぞれのフィールドでそれぞれのプロフェッショナルが力を結集して企業活動を行っています。多くの企業の中から、新日本製鐵なら、自分の専門性を発揮できそうだと就職を決めました」
入社1年目は、経理部(現・財務部)の決算室で、棚卸資産や固定資産の仕分け処理などを担当する。だが、池田氏が就職した頃は、バブル崩壊の直後。鉄鋼メーカー主要5社がそろって赤字となった年である。新日本製鐵も、バブル期に乗り出した新規事業を大幅に整理し、本業に経営資源を集中していくことになる。
「遊休資産売却に伴う節税である圧縮記帳の実務を任されたのです。当時、決算室に1台しかなかったパソコンを占領し、百億円を超える土地の売却を取得資産と紐つける作業におおわらわしたことを覚えています。さらに入社2年目には、緊急経営施策実施に伴う特別退職金支給の会計処理を担当し、その結果、当社は1000億円を超える特別損失を計上。実務に携わりながら、紙の上の数字だけでは見えない企業活動の厳しさを実感しました」
3年間決算を担当した後は、財務総括グループに異動し、中長期の財務計画策定を担当。その矢先に舞い込んできたのが大蔵省の企業会計審議会の幹事への就任話だった。この時、池田氏はまだ26歳。政府審議会では歴代最年少の幹事となった。
「橋本内閣が推進した『会計ビッグバン』により、会計基準の見直しが行われ、様々な部会が立ち上がったのです。その中に「産業界からも幹事を」との声が上がり、当時数少ない企業内会計士の一人だった私に白羽の矢が当たったようです。会社の仕事と兼務ということで大変ではあったのですが、それから先10年の会計基準を策定するという、世の中に重大な影響を及ぼす仕事に約1年半に渡って携われたのは、大きな財産になりました」
新日本製鐵株式会社財務部 決算グループリーダー池田 悟
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