会計士の肖像
株式会社オービックビジネスコンサルタント(OBC)
代表取締役社長 公認会計士和田 成史
数学が得意だった和田は、理系の道に進み、将来は製造業に携わろうと考えていたが、進学先は立教大学の経済学部。進路変更したのは、高校3年生の時、兄から公認会計士という資格があることを知らされたのがきっかけだった。「将来、いいぞ」。この言葉が脳裏に残っていた。やると決めたら、強い意志でもってやり抜く和田である。受験勉強に本腰を入れ始めたのは大学3年の夏、友人たちに「受かるまで遊ばない」宣言をして臨んだ。
自分は何をするんだ?そろそろ将来を考えなければと思い始めたある日、クラスメイトが落とした1冊の本を拾ったのです。手に取ると『公認会計士への道』という実用書。啓示のような、あまりにでき過ぎた話だけれど(笑)、これを機に、やってみるかという気持ちが固まったんですね。それで、まずは専門学校の学費を稼ぐためにアルバイトですよ。早朝から夜までデパートのお歳暮配達をやって、短期間で25万円を稼ぎ、学費を準備しました。
次にしたことは、車での西日本一周の旅。もともと計画は立てていたのですが、受験モードに入る前に決行です。九州、山陰を回って京都、名古屋、そして東京に戻ってくるまで1カ月近く。各地にいる友人宅を訪ね、泊めてもらいながら名所を巡りました。で、帰ってきてから友だちを集めて、飲み会を開いたんです。「会計士試験に受かるまでは付き合いが悪くなる。すまん」と。別れの杯を交わして“友だち絶ち”したわけです(笑)。
思い残すことなく、ここから受験一色の生活に入りました。僕は東京CPA会計学院で勉強したのですが、当時はケアレスミスをも指摘される超スパルタ教育でした。基本、すべて自分で考え、自分で勉強しろというスタイルでね。それまでとは別世界でしたが、ここでも先生や先輩方にかわいがってもらえて、馬力全開で頑張ることができた。やればできる。あの小学生の時に得た自信を思い返しながら。
一方、大学において、和田は人生の師ともいうべき先生に出会っている。会計学の大家・品田誠平氏だ。伝票会計における第一人者で特許も保有していたが、権利を放棄し、伝票という仕組みを無償で社会に広めた人物である。和田の事業の礎も、品田氏のコンピュータ会計とは切っても切り離せない。公私にわたる、家族同然の付き合いだったそうだ。
根っからの学者タイプですよ。今、全国で活躍するたくさんの先生方を育てた人で、その品田ゼミでは、僕が最後の弟子。家族のようにお世話になって、家の留守番をしたり、先生の朝食をつくったり。カンヅメになって、本執筆のお手伝いもよくしたものです。
当時、社会に根づき始めた会計士の仕事のイメージは、イコール会社の監査をするというものでした。多くの人がそれを前提に勉強する中、僕は品田先生から学者になるべく育てられたので、会計学そのものの学問に対する興味が大きかった。面白かったですよ。学問として学ぶ道と、資格取得を目指して学ぶ道、これは似て非なるものがあります。僕は両方やっていたわけですが、とりあえず資格は取っておいたほうがいい、そんな思いだったのです。そこがゴールではなくて、それから将来何をするかを考えようと。だからこそ現在につながっていると思うし、先生との出会いに感謝をしているのです。
受験勉強を始めてから2年半、76年に第二次試験に合格したのですが、その前年、卒業間際まで「和田君、学者になれ」と先生に言われていたので、試験は半ば内緒で受けたんですよ(笑)。結果的には、全国で250人ほどしか合格者がいなかった試験にパスしたので、それを生かそうと思い、実業の世界に進むことにしたのです。
株式会社オービックビジネスコンサルタント(OBC)代表取締役社長 公認会計士和田 成史
[主な役職]
(社)コンピュータソフトウェア協会(CSAJ) 会長
経済産業省 産業構造審議会ソフトウエア小委員会 委員
(社)日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA) 理事
ITコーディネータ・パートナーズ(ITCP) 副会長
(社)コンピュータ教育振興協会(ACSP) 代表理事
(社)日中協会 評議員
(財)日本・ベトナム文化交流協会 理事
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