会計業界の起業人
BDO税理士法人
統括代表社員長峰 伸之
1982年、単身で渡米した長峰氏は当時27歳。まだ会計士としての経験を持たない新米に、高い報酬が約束されていたわけではなかった。
「最初の3年間は、コロンビア大学近くのアメリカ人宅で下宿生活を続けました。でも、英語もろくに話せなかったから、大変な思いをしましたね。例えば、事務所の先輩に頼まれてランチを買いに行って、『いくらですか?(How much?)』と聞いたら、マッチが出てきちゃった(笑)。そんなふうだから、なかなか責任のある仕事を任せてもらえなくてね。毎日、タイムシートを作ったり、年下の会計士に使い走りにされたりしていました」
支えになったのは、自分の人生は自分で切り開いていくしかないという強い思い。アメリカでキャリアを積むことで、会計プロフェッションとして活躍できる道が必ず広がると信じていた。
「ただ、アメリカのビジネス界は“Up or Leave”の競争社会。自分は会社の中で、どのポジションに就きたいのか。日々成長し続ける努力をしなければ、居場所はありませんでした」
だが、90年代に入ると日本企業の米国進出が活発に行われるようになり、長峰氏はその支援業務で手腕をふるった。さらに、30歳代半ばでUSCPAを取得すると、ニューヨーク事務所のマネージャーに昇進。気が付けば、KPMGの日本関連事業部・中西部代表パートナーとして、同地区での事業拡大を指揮するまでになっていた。
「いろいろな企業や国籍の人と接しながら、様々な問題解決に取り組んでいく中で学んだのは、『正解はひとつではない』ということ。つまりプロの世界では、会計・税務などの専門性だけでなく、視野を広く持ち、物事を多角的に考える力が求められるのです」
そして2001年、長峰氏は19年間務めたKPMGを退職。日本に帰国することを決めた。
「親の介護や子供の教育の問題など、いろいろな理由がありましたが、何よりも、できるだけ長く現役でい続けたいという思いが強かった。ただ日本に戻って、一兵卒からやり直すには体力的にも40代がギリギリだなと」
そんな折、20年来の付き合いがある三優監査法人の統括代表社員、杉田純氏からの誘いがあった。当時は日系企業、とりわけ中堅企業の海外進出が急拡大している時期。国際的なサービスの需要はさらに高まっていく。自分たちでサービスを展開するだけでなく、BDOのネットワークを活用すれば、もっと多くの企業のサポートができると考えた。
「アメリカから帰国するとすぐ、02年4月の税理士法改正にともない、税理士法人の立ち上げ準備にかかったというわけです。会計・税務の国際化の重要性は、今後ますます高まっていく。そして、今以上に高いレベルの語学力や能力が要求される局面が増えてくるでしょう。私も、決して、のんびり構えてはいられないのです」
何でもいい。新たなチャレンジが、キャリアの選択肢を広げ、新しいチャンスを生む――と明言する長峰氏。そんな気概のある人材を育成し、アジアを中心とした海外事業のサポート業務を拡大させる。それが、今後の目標だ。
BDO税理士法人統括代表社員長峰 伸之