会計業界の起業人
株式会社ストライク
代表取締役荒井 邦彦
会社登記から1年後。監査法人を退職した荒井氏は、東京・渋谷区に小さな事務所を構えた。
「後継者不足に悩む売り手や、事業拡大を目指す買い手は、間違いなく存在すると感じていました。けれど、そうした情報を得るための人脈も営業力もない。まずは、あり余る時間を使って、宣伝のためのホームページをつくることから始めました」
折しもITバブルがスタートした99年。ネット上にM&A市場「SMART™」を立ち上げると、知り合いのITベンチャーの社長から、こう激励された。
「ネット上で売れる商品というのは、キーワードは明確だけれど、どこに売っているのかわからないもの。さらに“人に言えない、相談できない”という消費者心理にこたえることが成功のカギにつながる。ネットとM&Aには親和性がある」と。
絶対に成功させたい――。荒井氏のもとに、一通の依頼メールが届いたのはそんな時だった。
「『会社を売りたいが、後継者がいなくて困っている』という経営者からでした。とはいえ、年商4億円、経常利益2000万円の小さな会社。果たして買い手が見つかるのか不安でした」
とりあえず、会って話を聞いてみよう。経営者の自宅を訪ねた荒井氏は驚いた。依頼主は、重度の障害で言葉を発することもできず、寝たきりの状態。余命宣告まで受けていた。
「会社は順調で、優秀な社員がそろっていても、経営となると別の話。何とかして、この人の力になりたい、肩の荷を下ろしてあげたいと思いました」
それから1年後、買い手が見つかり、正式にM&Aの契約を交わした日のことを今でも鮮明に覚えているという。その場にいた経営者の妻は、喜びのあまり泣き崩れた。会社を手放すとは、どういうことなのか。社員や取引先に対する責任、自社保有株式の相続や個人保証の問題……。中小企業のM&Aは、単に「売った、買った」で終わる話ではなかった。
「報酬の高さに惹かれ起業したことを恥ずかしく思いました。そうじゃなくて、売却・買収した企業の双方から『良かった』と思っていただけることが一番大事。この仕事の本質に気づかせてくれた仕事でした。そのために必要な知識や人材、サービスを充実させて、社会的に意義のあるM&Aを実現していこうと決めたのです」
熱い思いには伝播力がある。その後、同社には荒井氏の思いに賛同した公認会計士やデューデリジェンスなどの経験者たちがどんどん集まってきた。社内は徹底した能力主義で、荒井氏の報酬を上回る社員も珍しくないという。
「大切なのは、常に勉強を重ね、現場で得た知識をしっかり吸収し、プロとして十分な知識や技術を身につけること。公認会計士も、資格だけに頼らず、人間としての器を広げ、真の一流を目指して努力すべきです。そうすれば、おのずと道は開け、自分のやるべきことが見えてくるのだと思います」
株式会社ストライク代表取締役荒井 邦彦