The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
株式会社エボラブルアジア
取締役 CFO柴田 裕亮
そんな柴田氏に1つの転機が訪れたのは、入所5年目のことだ。「主任業務を一通り覚え、次は何をやるべきか」と考えていた時期に、野村證券への出向を命じられたのである。
「業務は、IPOや上場会社が資金調達を行う際の審査です。専属のフォローの方がついて、一人前の審査官として経験を積ませてもらいました。IPOともなると、審査資料だけで段ボール箱5つ分にもなります。1カ月ほどかけて目を通し、質問を1000個ぐらいつくる。社長やCFOの方に話を聞き、50枚ほどのレポートにまとめてプレゼンする。ずっとそんなことをやっていました。穴が1つでもあれば上場はストップですから、膨大な事項の細部にまで目を凝らさざるを得ません。勉強になりましたよ、それは」
ただし、「IPOを目指す」のとはある意味“逆”の役回りには、居心地の悪さも感じていた。
「ずっと、企業が困ったら助けてあげようというマインドで仕事をしてきたわけですからね。クライアントが僕の前ですごく身構えるのは、いたたまれなかった。『いや、そちらの味方です』と口に出すわけにもいかないし(笑)」
実際、審査の立場をややオーバーランし、「それは君の仕事ではない」とたしなめられたこともあったそう。
「結局、審査を担当した会社のIPOには、ほぼゴーサインを出しました。みんな今でも元気にやってくれていますから、当時の判断は間違ってなかったと思いますよ」
予定どおり2年の出向を終えた柴田氏は、12年に監査法人の同じ部門に戻る。待っていたのは、自分が変わったというより、自分に対する周囲の見方が激変した職場だった。扱いは当然のごとく「IPOの専門家」だ。今度は再び“企業を助ける”立場から、関連する案件に精力的に取り組んでいく。
そんな柴田氏が昨年、「アジアをつなぐ架け橋」をコンセプトに、オンライン旅行事業、ITオフショア開発事業、などを展開する同社に転職したのにも、ある偶然が働いた。
「トーマツの後輩が、IPOを目指して監査法人を探していた当社に営業に行くという話を、事務所でたまたま耳にして。『あそこの社長は大学時代からの友人だから』と同席することにしたんですよ。そうしたら、営業しているうちに吉村が、『うちに来て手伝ってほしい』と言うわけです。こう見えて僕は感覚的に物事を判断するタイプ(笑)。その場で心は決まりました」
絶妙のタイミングでもあった。
「社長と話したのが14年末。その直前の3カ月間に、クライアント3社が立て続けにIPOを果たし、残る1社も翌年4月に上場の運びになっていたんですよ。担当していた会社を全部上場させられたし、ひと区切りつけて新天地に向かうにはいい時期かな、と」
株式会社エボラブルアジア取締役 CFO柴田 裕亮