青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
世間の人は「会計監査では、水も漏らさぬ調査が行われている」と信じている。東芝の巨額な会計不正が発覚した時、「監査法人は何をやっていたのだ」という強い非難が沸き起こったのも、そんな意識の裏返しといっていい。もちろん、過去の同種の事件も含めて、監査法人が不正を見抜けなかった責任を逃れることはできまい。ただし、そこには限界もある。
しかし、会計監査というものは、企業側に健全な内部管理体制が構築され、それが機能していることを前提に、関係資料の一部を抽出して検証し、必要な現場視察や意見聴取等を行って意見を表明するのである。不正の痕跡がそこに見つからなければ、“スルー”されてしまう。東芝のように、組織的な改ざん、隠蔽が実行された場合、膨大な資料の中からその証拠を発見するのは、至難の業であるともいえる。
ただ、監査法人側にも言い分はある。不正の発見が社会の要望とあれば、もっと時間をかけた詳細な検証をやりましょう。そのためには、しかるべきマンパワーが必要です。報酬は当然に増額となりますが、よろしいですか――と。コスト削減を至上命題とする企業が、この話に乗るとは考えにくい。こうした事情もわからず、問題が起こると、当事者たる企業側の責任を度外視して「監査法人の落ち度」を指弾するだけのメディアは、監査に対する理解が十分ではないといえる。
とはいえ、現状を放置するのは問題だ。監査法人が“完璧な監査”に対する社会の要請に応える努力を怠るならば、その存在意義が疑われることにもなろう。今年の3月、金融庁の「会計監査の在り方に関する懇談会」が公表した提言(「会計監査の信頼性確保のために」)は、まさにそうした問題意識をベースにまとめられた。
目玉の一つが「監査法人のガバナンス・コード」の導入である。「最近の不正会計事案においては、大手監査法人の(中略)組織として監査の品質を確保するためのより高い視点からのマネジメントが有効に機能しておらず」という現状認識に鑑み、監査法人が実効的なガバナンスを確立するうえでのプリンシプル(原則)を明確にしようというものだ。具体的な規定については、例えば「職業的懐疑心の発揮を促すための経営陣によるリーダーシップの発揮」といった内容を念頭に、今後検討が進められていくことになる。
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青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(プロフェッショナル会計学・青山学院大学)。2005年より現職。現在、日本内部統制研究学会会長、金融庁企業会計審議会委員、金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」メンバーを兼務し、職業倫理、内部統制、ガバナンスなどの研究分野で活躍。