The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
データセクション株式会社取締役CFO
経営管理部部長望月 俊男
99年10月、望月氏は朝日監査法人(当時)に入所する。配属されたのは、法人内でも“ハードな仕事”で有名な第4部門だった。
「とにかく仕事がきついので、離職率も高い。毎週末というと大げさですが、頻繁に送別会が開かれていました(笑)」
そんな職場で、1年目には大手商社の担当となる。だが、任されたのは監査だけではなかった。
「商社のオフィスに常駐して、M&AのDDなど、ひたすら事業の下準備やそれに伴う雑務をこなす。朝早くから夜の10時、11時までそれをやって、『じゃあ飲みに行こうか』。そんな毎日でしたね。クライアントに『先生』なんて呼ばれて監査をやっている同期たちが、羨ましくなかったといえば嘘になるでしょう。でも、ビジネスの最前線でダイナミックな企業活動を体感できたのは、そこにいたからこそ。いい経験だったと今では思っています」
2年目から数年間は、いろいろな企業の“普通の監査”を任されるが、4年目くらいから、今度はIPO支援の仕事が増えていく。
「主査として見ていた会社が上場を果たした時は、うれしかったですよ。今度は、ベンチャー企業の勢いというものを肌で感じることができました」
そんな望月氏に「監査法人時代、最も印象に残る仕事は何でしたか?」と尋ねると、「結果的に、法人在籍最後の年になった1年間の忙しさ」という答えが返ってきた。
「担当していた企業が会計のIFRSへのコンバージョンを決めたんですね。そのサポートを、と思っていたら、今度は別のクライアントが、会計士協会の定期的な品質管理レビューのサンプリング対象になったんですよ。パートナーの方は『体を壊さずに頑張れ』と励ましてはくれるものの、仕事の調整が行われるわけではなく(笑)。おまけに、プライベートでは結婚も控えていたので、その準備も重なって、自分にこれ以上の負荷はかけようがない、という状態でした」
そんな“理不尽に近い多忙”を乗り切った望月氏は、ここで一般事業会社への転身を決意する。それは以前から抱えていた思いでもあった。
「サポートした会社がIPOを成し遂げた時、確かに会社の人たちと一緒に喜び合ったのですが、『自分は山登りでいえばガイドだな』とも感じたんですよ。彼らの達成感は、きっと別物。それ以来、いつか、あちらの側で仕事をしてみたいという気持ちが、自分の中で次第に膨らんできたのです」
折しも募集していた早期退職に乗るかたちで、13年間勤めた監査法人を退職したのは、2012年夏のこと。就活はゼロからのスタートだったものの、最終的には4社から内定を得た。その中から選んだのが、ビッグデータを活用して様々なサービスを提供するITベンチャー、データセクションだった。
「実は、給料は4社のうちで最低だったんですよ。なのに当社に決めたのは、事業の可能性とともにCFOのポジションが明確に見えていたから。あえて事業会社に行く以上、上を目指さなかったら意味がないと考えていました」
13年3月、望月氏は同社経営管理部部長として、新たな一歩を踏み出す。
データセクション株式会社取締役CFO
経営管理部部長望月 俊男