The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
株式会社レアジョブ
取締役 CFO藤田 利之
“再就職”先は、監査法人トーマツの静岡事務所だった。たまたま大学時代の同期に、「来ないか」と誘われたのだ。
「当時はまだ小さな事務所でしたが、IPO絡みの案件などが増えていました。短いとはいえ、経理の実務経験があるところも買われたようです」
そこでは、監査業務を行いながら、IPOに向けたコンサル業務に携わる。
「相変わらずの忙しさでしたが、会計士になる道は開けたし、仕事は楽しかったですね。事業会社時代は、仕事量が膨大で、『何のためにこれをやっているのか』もわからないような状況でしたが、それらの意味を一つひとつ再確認できたのも収穫でした。経理のコンサルを担当した私が提案していたのは、ほとんど“ソニー流”です(笑)」
だが、そんな監査法人を藤田氏は4年ほどで辞め、新たな活躍の場をクライアントだった物流サービス会社、フレームワークスに求める。
「インチャージも経験し、勝手に監査の仕事は最低限一通りやったなと。で、気がつくと、年下の“藤田晋さん”がサイバーエージェントを上場させる時代になっていました。自分はこのままでいいのだろうか、という思いに強く駆られたんですよ。事業会社を中途半端で辞めたという“負の意識”もすごくあって、どこかで取り戻したかった」
同社では、29歳で取締役管理本部長に就任、「年下の管理職は一人もいない」状況でIPOに取り組む。
「やっぱり会計士って、何でも知ってると思われてるんですね(笑)。実際そんなことはないのだけれど、取締役になった以上、『知りません』とは言えない。最初の頃は、仕事の合間に本屋で人事に関する本を全部買って読む、なんていうことをよくやりました」
結果的には、外部任せだった経理を内製化し、人事制度を再構築し、中期経営計画を策定し……とIPOに必要な仕組みをすべてつくり、2004年に東証マザーズへの上場を果たす。ただし、「それ自体は達成感がありましたけど、自分のレベルが高くない」というのが、自身に対する評価だった。
「一つひとつの制度は整ったが、いろんな制度が有機的につながっていない、といった全社的な経営の理解が生煮えだったように感じました。IPO後の経営的な視点を持ちきれなかった点も、反省点でしたね」
そんな思いも残しつつ、後任のめどが立ったのを機に、今度はKPMGFASに入社し、事業再生コンサルの仕事に就くことに。理由は3つあった。
「ベンチャーの仕事は面白かったですけど、知識としての専門性を要求される局面は、そう多くなかったんですよ。再生系はそこが違うかな、と。何もない会社で上場までやりましたから、今度は傾いた会社がどうやって復活していくのかに興味が湧いたというのもあります。あとはM&Aの経験値があまりなかったので、それも補えるのではないかと考えました」
目論見は達成できたのだろうか。
「結論を言えば、再生案件にかかわりさえすれば専門性の高い仕事ができるというのは、妄想でした(笑)。特に、どう事業を見極め、切り分け、引き上げていくか、という“名外科医”のイメージを勝手に描いていたのですが、現実は必ずしもそうではなかった。リストラで延命し、風向きが変わるのを待つ、というパターンも、少なくとも私の仕事では多かったですね。一方で、再生ファンドのほうも含め、風向き、すなわちマーケット全体の動向を一番に見ている人も多く、トレンドには逆らえない、そんな現実を知ったことも含め、得たものは多かったのですが」
株式会社レアジョブ取締役 CFO藤田 利之
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