青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
適切な会計監査のためには、企業というものを知らなければならない。企業を知るためには、経営に携わる人間と、いい意味で親密な関係を築く必要がある。私は、前回そう述べた。では、公認会計士が経営者と本物の信頼関係を結ぶうえで必要になる素養とは、いったいどういうものだろう。会計知識が豊富で、的確なアドバイスができること。それは必要条件ではあるが十分条件たりえまい。求められるのは、もっと幅広い知識、ひとことで言えば“教養”である。
今さら何を言い出すのか、と思われそうだが、今の会計専門家(に限らないかもしれないが)に最も欠けているのが、それではないのだろうか。誤解を恐れずに言わせてもらえば、学者や専門家と称される人たちの多くは、私が海外で会った会計プロフェッションの教養レベルに、遠く及ばない。それどころか、最低限のマナーさえおぼつかない人の少なくないのが、現実なのだ。そういう状態では、経営者からも社会全体からも、リスペクトを受けるのは困難である。
例えば、かつての大学での一般教養科目の「心理学」「論理学」「倫理学」は、必修科目にもかかわらず、このうえなく退屈な「3理」科目と軽視された。ところが、いざ社会に出てみると、この3つがことのほか大事な教養だったことに気づく。どんなビジネスにおいても、目の前にいる人の思いを正しく理解できなければ失敗する。まさに「心理学」の素養が問われる局面だ。プレゼンに必要なのは「論理学」。「倫理」がどれほど大切なのかは、この世界に身を置く人間なら誰でも知っているだろう。
ところが、日本の高等教育では、そうしたビジネス社会と直結した学習、研究がなされてこなかった。社会生活で要求される教養を身につけない人たちが教鞭を執ることにより、さらに“無教養”が再生産される仕組みが、温存されてきたわけである。
1980年代の終わりから90年代にかけて、米国は会計教育の大改革に取り組んだ。その動きに興味を抱いてずっと追いかけてきた私は、日本でもそれを手本にして、ごく狭い領域に留まる会計教育の改革に着手すべきことを主張し続けてきた。ところが、当時30代だった私に返ってきたのは、「教育というものは、経験豊かなシニアになって初めて語れるものだ」という反応だった。その発想は、残念ながら今も多くの世界に共通する問題だ。
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青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
慶應義塾大学大学院商学研究科 博士課程単位取得満期退学。博士(プロフェッショナル会計学・青山学院大学)。2005年より現職。現在、日本内部統制研究学会会長、金融庁企業会計審議会臨時委員(監査部会)を兼務し、職業倫理、内部統制、ガバナンスなどの研究分野で活躍。
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