The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
株式会社クロス・マーケティング
取締役 CFO人見 茂樹
入所4年目、人見氏に転機が訪れる。青山監査法人内に、中小、ベンチャー企業を対象にIPOをはじめ様々なコンサルタント業務に携わるビジネス・アドバイザーズ・グループ(BAG)という組織が立ち上がっていた。企業を上場させ監査顧客につなげる営業部隊の位置づけで、会計士のみならず企業戦略、組織・人事、システムなどのコンサルトを配し、総合的なサービスを提供するというコンセプト。それを知った人見氏は、迷わず異動を希望し、グループの一員となる。
「大企業がつくった決算書を監査するのとはまったく違って、担当企業と一緒になって勉強しながら、新たなビジネスを構築していくという感じ。文句なし、異動は大正解。そこでは、公認会計士である前に、『一流のビジネスパーソンであれ』と叩きこまれました。
95年、故あってBAGはグループごとトーマツに移籍。ちなみに新卒で日本アジア投資に入社した現クロス・マーケティング社長の五十嵐幹氏と運命的な出会いを果たしたのは、その1年後の96年のことだった。10歳年下の後の盟友は、初めから“優秀で信頼に足る人物”に映った。
2000年、人見氏にまた大きな決断の時が訪れる。その五十嵐氏に「一緒にベンチャー企業の経営に参画しよう」と誘われたのである。
「BAGでの仕事は掛け値なしに面白かった。ただ、あくまでも助言する立場は超えられません。例えばいくら助言しても、相手が実践してくれなかったら、それで終わりなのです」
そんなジレンマに近い思いを抱えていたところに、五十嵐氏の提案が背中を押した。約12年間の監査法人勤務にピリオドを打ち、コミュニティサイト運営のベンチャーに財務担当取締役として入社。そしてここから、“枠にとらわれない”人生がさらに加速する。
結果的にその事業は、「ビジネスモデルが日本市場には時期尚早」で、うまくいかなかった。人見氏も1年ほどで退職し、今度は消費者金融大手の武富士に経理部次長として迎えられた。その経緯が興味深い。
「ベンチャーの経営をてこ入れしようと、知り合いのヘッドハンティング会社に相談に行ったら、逆に転職を勧められたのです。もちろん最初はお断りしましたよ。ただ半年ぐらいして、業績挽回の可能性は低いと判断できたので、ならばとお願いしました」
紹介されたのが武富士だったというわけである。文字どおり“ミイラ取りがミイラ”になっての転職。だがしかし、「定年まで勤め上げよう」と決めていた同社は、その後オーナー社長の退任劇などで経営が揺れることになる。
そんな折、五十嵐氏から再び誘いの声がかかるようになった。03年に自らが立ち上げたマーケティングリサーチ会社、クロス・マーケティングに「来てほしい」という誘いだった。
「事業が予想以上に早く成長軌道に乗り始めており、タイミングを逃したくないと強調されていました」
結局、最初のアプローチを受けてからおよそ1年後の05年6月、人見氏は同社副社長に就任する。
株式会社クロス・マーケティング取締役 CFO人見 茂樹
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