経済・金融・経営評論家/前金融監督庁(現金融庁)
顧問金児 昭
2004年の4月から半年間、私は早稲田大学の大学院に新設されたファイナンス研究科で、非常勤講師をしたことがある。印象に残るCFO(最高経理・財務責任者)としてご登場願うのは、そのときの“教え子”の一人、現TDK顧問の江南清司氏である。
拙著『日英対訳 金児昭が書いた英語で読む決算書が面白いほどわかる本』(中経出版)を教材にした週1回、計15回の授業に集まったのは7名。全員が社会人だったが、その中で江南氏は当時56歳の最年長で、現役の経理部長だった。授業は夜間とはいえ、忙しい身の上の人たちである。毎回、遅刻せずに出席してくる本人、またそれを認めているTDKという会社の懐の広さに、まずは驚かされた。
授業態度は、真面目そのもの。受講していることを会社等(会社・店・個人企業)に“知られて”いるだけに、単位を落としてなるものかという気迫が伝わってきた。偶然のめぐり合わせではあるが、私が教えている間に彼は取締役に昇格し、常務、専務を歴任。その後リタイアし、今は湯河原に住み、陶芸に勤しんでいるとうかがった。
江南氏に会った瞬間、この人はやがて立派な経営者になるだろうと思った。その能力と努力を厭わない資質を持ち合わせた人物であった。しかし、「社長にはならないだろう」とも直感した。私は、経理・財務出身の信越化学工業中興の祖・小田切新太郎元会長・社長に35年間お仕えした体験知識(Empirical Knowledge)から、会社等のトップになり、その地位にふさわしい経営を実行するためには、いろんな意味での“悪い人であること”が必要だと感じてきた。この人にはそれがないのだ。
一言でいえば、“経理・財務マンの鑑”だったので、自分では利益を稼ぎ出せない。しかし組織に不可欠な調整役としての任務をきっちりこなし、部下の教育一つとっても、どうやったらその人が幸せになれるかを常に考えながら、全体をまとめていくタイプ。一方で温厚な人柄ながら、“会社等性悪説”を前提に会計をつくる人たちに対しては、メラメラと静かな敵がい心を燃やす人物。そんな人材を得て、TDKという会社はとても幸せだったと思う。
07年、私は『週刊経営財務』(税務研究会)という雑誌で江南氏と対談する機会を得た。やり取りのなかで、その経理・財務マンとしての真髄に触れることができた。
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経済・金融・経営評論家/前金融監督庁(現金融庁)顧問金児 昭
1936年生まれ。東京大学農学部卒業後、信越化学工業に入社。以来38年間、経理・財務部門の実務一筋。前金融監督庁(現金融庁)顧問や公認会計士試験委員などを歴任。現・日本CFO(経理・財務責任者)協会最高顧問。著書は2012年8月現在で、共著・編著・監修を含めて136冊。社交ダンス教師の資格も持つ。
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