The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
株式会社オトバンク
取締役CFO新井 成道
03年、職場に選んだのは、新日本監査法人(当時)である。だが、社会人のスタートは悲惨なものだった。
「今から思えば、仕事をナメていたんですね。ろくに勉強もせず、先輩に言われたことしかやらない。当然上から怒られる。そんな状態が2年、3年と続いて。ターニングポイントになったのは、有名な青色発光ダイオードの特許権をめぐる訴訟を担当した荒井裕樹弁護士の『プロの論理力!』という本を手にしたことだったんですよ。せっかく会計士になったのに、自分は専門家として何をやっているんだ、と目を覚まさせてくれた」
あらためて「自分は会計士としてどう生きるのか」を突き詰めた新井氏が出した答えは、「ゼネラリストでいく」だった。
「ある分野を究めるというより、会計の知識を生かしながら、お客さまがより価値を高められるように幅広いスタンスで貢献する。漠然とはしていましたが、それが自分に合っている、と」
そのうえで、「まずは監査をやり遂げよう」と気持ちを切り替えたタイミングで、東証マザーズ上場会社の主査を任される。しかし、そこで痛感したのは、〝監査の限界〞だった。
「上場して得た資金で積極的にM&Aを行っていた会社でしたが、そうすると、当然連結の作業が必要になるわけです。でも、監査人が直接手伝うことはできません。そこに会社の喜ぶことがあるのに、手を出せない」
これではやりがいのある仕事はできないと感じた新井氏は、「会計士のゼネラリストを目指す」という目標に忠実に行動する。09年、監査法人を辞め、会計コンサルのAGSコンサルティングに転職。主査を担当していた企業が、連結決算を外注していた会社だった。そこでは税務、IPO、企業再生、M&Aと、様々な案件で会計士のスキルを発揮することができた。
「津波で社屋も帳簿も流されてしまった東日本大震災の被災企業が、国の支援機関から補助を受けるための事業計画を作成したり、30行近い銀行から融資を受けながら粉飾決算が見つかった企業の再生を請け負い、IPOが視野に入るところまで回復させたり。そんな経験でわかったのは、会社を生かすも殺すも経営者次第だということ。そんな人たちを支え、幸せにする仕事には確かな価値があるんだ、という思いを新たにすることができました」
そうやって充実した日々を送る新井氏だったが、あくまでも「アドバイザー」の立場に留まることには、物足りなさも覚えていた。今度背中を押したのは、ある東証一部上場企業のCFOとの出会いだった。
「大きな夢を描くCEOの〝無茶ぶり〞とも思える要求をCFOがしっかりと受け止め、CEOと連携しながら実現していく。その関係性自体がカッコいいな、と。自分の理想とする姿がここにあると直感し、次のキャリアをCFOに決めました」
すぐに転職活動を始めた新井氏は、折しもその職能を求めていたオトバンクに2度目の転職を果たすのだった。
株式会社オトバンク取締役CFO新井 成道