経済・金融・経営評論家/前金融監督庁(現金融庁)
顧問金児 昭
2011年6月、自見庄三郎金融担当大臣が、IFRS(国際会計基準)に関して「2015年3月期の強制適用は考えていない」「強制適用する場合でも、その決定から5~7年程度の十分な準備期間の設定を行う」などの考えを明らかにした。「IFRS導入推進」からの方針転換である。大きな理由として挙げられたのが、「震災で被害を受けた企業への配慮」だった。しかし、「実情とその本質はちょっと違う」と私は考えている。
IFRS導入をめぐる経緯を振り返ってみる。08年8月、米国が突然、この基準を採用すると宣言した。米国会計基準が、あらかじめ決めたルールに則って監査する「細則主義」を採用しているのに対し、IFRSは「原則主義」。企業が主体性を持って、正しいと思うものを作り、それを公認会計士が監査するという。私はもともと「この2つの基準に大きな違いはないと思う」という持論を表明してきた。しかし、「米国には隣の芝生が青く見えた」と想像する。
米国のIFRS導入の決定に、当時の亀井静香金融担当大臣をはじめ、日本経団連、多くの会計学者が「賛同」。日本でも12年をめどに、「連結先行」、すなわち4000社の上場企業が先行するかたちでIFRS導入の方針を表明した。欧州発のこの会計基準はがぜん注目を集め、書店には関連する書物が数多く並んだ。その後、日本の会計基準との比較を多くの書物が始めると、私は違和感を覚えた。日本の基準は、グローバルな視点も取り入れつつ、変化しつつあった。驚くことに、IFRSの中身もどんどん変わっていく。変化するもの同士を比較するのは、間違いのもとである。私自身は、「IFRSの優れている点をざっくり抽出して、時間をかけないで勉強すればいい」と言い続けてきた。
さて、我が国のIFRS導入の呼び水となった米国だが、11年に入り「IFRSを“米国会計基準に取り込む”と言い始めた。ギリシア、スペイン、ポルトガル……IFRSの本家・欧州で、深刻な経済危機が表面化し、今夏、米国の債務問題が起き、世界中の経済学者・金融学者・経営学者が、その解決策を「黙してまったく語らず」である。また、「円高」と「日本国債の価値低下」の関係を議論する「政治の力」と「学問の力」もまったくなくなっている。青く見えた芝生は実は枯草で、ところどころから煙が立ち昇っていたのだ。米国は、そもそも世界のスタンダードとなることに存在意義を見出す国である。「やはり自分たちが中心だ」と、また態度を変えた。その米国の“心変わり”が、今度の金融庁の方針転換に大きく影響した、と私は考えている。
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経済・金融・経営評論家/前金融監督庁(現金融庁)顧問金児 昭
1936年生まれ。東京大学農学部卒業後、信越化学工業に入社。以来38年間、経理・財務部門の実務一筋。前金融監督庁(現金融庁)顧問や公認会計士試験委員などを歴任。現・日本CFO(経理・財務責任者)協会最高顧問。著書は2011年9月現在で、共著・編著・監修を含めて125冊。社交ダンス教師の資格も持つ。