青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
「心せよ、数字は嘘を言わぬもの」。我が国近代会計の祖と称される、太田哲三博士の言葉である。まことに正鵠を射た諫言と言わざるをえない。前回このコーナーで触れた東芝の“不適切会計”問題も、あの新国立競技場建設をめぐるドタバタも、「嘘をついた」のは数字ではなく、人間である。
ある事業や活動が適切に行われたのか、あるいは行われようとしているのか。それを明らかにする客観的な証拠となるのは数字、直截に言えば“お金”である。「新国立」では、相も変わらず、コスト意識ゼロのお役所仕事が繰り返された。あれほど批判を浴びた、過去の“ハコモノ行政”の失敗から、彼らは何一つ学んでいなかったのだ。1000億円が突然3000億円にハネ上がるようないいかげんな“建設費”によって、国民はそれを知ることになる。
成熟した情報社会の今、顧客を無視したものづくりやサービスの提供などありえない。スタジアムの第一の顧客がアスリートたちであることは、論を待つまい。限られた予算を彼らのためにどう使うのかが、まず議論されなければならない。オリンピック、パラリンピック合わせて1カ月程度の開催期間が終了後、巨大な競技場を維持し、活用していくために必要なコストについても、当然明確な根拠が不可欠である。
関係者がこうした最低限の会計的思考、発想を欠いていたのは、恐ろしいほどだ。それがあの迷走を招いた主たる原因であって、そこに気づかなかったら、今後事態が改善される保証もない。
ところで、政府がアベノミクスの一環としてこの6月から運用を始めた「コーポレートガバナンス・コード」では、その適用に関して「原則主義」が色濃く打ち出されている。そのココロは「Comply or Explain」、日本語にすれば「遵守せよ、さもなくば説明せよ」だ。
国際会計基準(IFRS)においても、企業が会計処理の原則・手続きを判断する際の考え方としてこの原則主義を提示する。つまり、企業の主体的な判断を認めることから、もしも原則から逸脱せざるをえない時には、きちんとその理由を客観的な根拠を示して説明し、関係者を納得させなさい、ということ。
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青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(プロフェッショナル会計学・青山学院大学)。2005年より現職。現在、日本内部統制研究学会会長、金融庁企業会計審議会委員、金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」メンバーを兼務し、職業倫理、内部統制、ガバナンスなどの研究分野で活躍。