会計士の肖像
株式会社豆蔵ホールディングス
代表取締役社長荻原 紀男
思えば通じるもので、荻原にその〝次〞が訪れた。顧客先の一つだったシステム設計会社で、シリコンバレーから帰ってきたばかりのIT技術者と出会ったことが、今日の起点となった。技術者を通じて、効率的なソフトウエア開発に欠かせない「オブジェクト指向」という考え方を知った荻原は、その将来性を確信し、新たな会社設立に向けて動きだす。
シリコンバレーで学んできた技術者から、「オブジェクト指向のシステム開発をする会社をつくりたい」と、相談を受けたのです。私は専門家じゃないし、当時としては新しい考え方だったから、まずは、「素人にもわかるように説明してくれ」と。それで納得できれば、会社を始めようという話をしたのが入り口です。
聞けば、オブジェクト指向による開発をすれば、顧客満足とのズレがなくなるという。それまでのシステム開発は目的重視ではなかったというか、〝本当に必要なもの〞を明確にしないまま成されることが多かったから、いざシステムが出来上がると、ユーザー企業は「こういうものを望んでいたわけじゃない」となる。そして実際には、半分以上の機能が使われないシステムになってしまう。それを解消するのがオブジェクト指向で、要は「何をつくるべきか」を明確にし、ちゃんと使われるシステムを実現するものです。
話を聞いてすぐに、「これは絶対に当たる」と直感しました。というのも、私自身にも多少の素地はあったのです。アーサーヤング時代にシステム研修は受けていましたし、総合商社に詰めていた頃は、監査プログラムを走らせて膨大な量のデータを扱っていたので、ある程度の知識や問題意識は持っていました。だから、まさに合点がいったという感じだったのです。
99年に豆蔵を設立登記し、開発のための資金集めに動いたのは翌年からです。私の友人など、主に個人からの出資で2億円ほどが集まりました。「5年以内に必ず上場させる」という思いのもとに。ここから、オブジェクト指向に共感する技術者を採用したりして、開発体制を整えていったのです。
しかしながら、出端はスムーズにはいかなかった。早々にシステム開発案件を受注したものの、社長をはじめとするメインの技術者たちは理想を追い求める姿勢が強く、採算を度外視した仕事は、すぐに資金をショートさせた。ファイナンスを行うなか、一つ区切りのタイミングとなったのが2003年。荻原自身が社長に就任し、ユーザーニーズに広く応える自社製品を出したことで、ようやく弾みがついたのである。
エンジニアにすればこだわりがあるから、まぁ仕方がないんですけど、「いいものをつくるには金がかかる」という発想で、機材でも何でも、すごくいいものを入れちゃうわけです。最初に、8000万円で受注したシステム開発では1億円の赤字。さらにその次、6億円の予算で受けた証券情報システムの開発には、8億円かかってしまった。特に後者は、開発人員が数十人必要になるような規模だったので、人件費的にも大赤字。オブジェクト指向はすごいわけだし、ロスも発生しないと思っていた私にすれば、「えっ!?」ですよ。でも、開発したシステムに対するお客さまの評価が高かったので、「何とかなる」と前向きに考えてはいました。
「5年以内に上場する」という約束を果たすまで、残すところあと2年弱。そのタイミングで、私が経営の舵を取ることになりました。さらなる資金調達に走りながら、大変な状況を脱する踏み板になったのは、連結納税ソフト「連結TAX-Saver」という自社製品を出したこと。03年に導入された連結納税制度を睨んでのことで、これがすごく支持されました。もともとは、私がお世話になった総合商社から「こんなのできない?」と声をかけてもらったオーダー内容が、アイデアとして生きたものです。税務は専門領域ですからね、お客さまの要望は手に取るようにわかるし、この時は、私も開発チームに入って、エンジニアたちと共につくってきました。
株式上場を果たしたのは、04年の11月9日です。忘れもしませんが、「必ず上場するから」と口にした日から、数えて4年と363日(笑)。ギリギリでしたけど、約束を守ることができて、胸をなで下ろしたものです。
株式会社豆蔵ホールディングス代表取締役社長荻原 紀男