会計・経理職の転職専門エージェント > 公認会計士の転職 > アカウンタンツマガジン[Accountant's magazine] > vol.52 > 久保 光雄(みらいコンサルティング株式会社) - 会計士の肖像
現場で働く会計士の声

Accountant's magazineとは

back
number

Accountant's magazine vol.52

-アカウンタンツマガジン-
2019年02月01日発行

会計士の肖像

「数字の奥には経営があり、さらにその奥には人間がいる。人と対峙すれば、仕事が持つ無限の広がりを感じることができる」

みらいコンサルティング株式会社
代表取締役(グループ代表)久保 光雄

会計士試験に合格。海外でスタートを切り、早々に国際感覚を養う

これが、会計士を目指すきっかけになったのである。一橋大学のゼミで師事した岡本教授は原価計算・管理会計を専門とし、後の1976年には会計士の試験委員に就任。それまでまったく縁のない職業だと思っていた会計士を意識し始めた久保は、重ねて中央大学(二部)にも入学、受験勉強に備えた。国鉄で働きながら新しい世界を模索し始めたのである。

岡本研究室で取り組んだテーマは仕事と関係していて、鉄道の資材をどう効率良く購入して全国配送するか、です。というのもこの時代、購入する膨大な資材はほとんど〝国鉄規格〞になっていて、決まった業者さんからとても高い買物をしていたわけです。ネジ一本、鉛筆一本にいたるまで。そういう慣習を改めて、特殊な部品でない限りは民間のものに切り換えていこうという話です。これも変革を唱えるもので、「また余計なことを」と風当たりは強かったですけどね。でも、当時の国鉄には会計士がいなかったから、資格を取れば何か新しい仕事で役に立てるかも、という思いもあったのです。

会計士試験を意識して、まずは簿記の勉強から。過去問を中心とした独学でした。夜と週末の時間を使いながらですが、集中はできたので、74年に受けた二次試験は幸いにも合格。苦手だったソロバンは、ちょうど電卓利用が認められたタイミングでの試験だったので免れ、これはラッキーでしたね。

でも、試験には合格したものの、当時の国鉄は単式簿記でしたし、経理の人間もたくさんいたから、会計士の仕事は求められていなかった。一方、国鉄労働争議が盛んだったこの時代、合理化反対のストライキが多発しており、僕には「石炭産業の二の舞になるのでは」という危機感もあったのです。正直、くたびれちゃって、〝余剰人員〞になる前に新しい世界に出ようと。退職したのは28歳の時、国鉄にはまる10年間お世話になりました。

転職が自由な時代ではない。28歳という年齢は〝遅く〞、監査法人への就職はままならなかった。業界に縁故のない久保は公認会計士協会に情報を求め、そこで出合ったのが、監査法人辻監査事務所(当時)の求人だった。「グアム島で会計事務所を設立するため駐在員を募集」――海外に関心を持っていた久保には渡りに船。同事務所の子会社である「海外投資コンサルティンググループ」に入社した久保は、現地立ち上げ要員として海を渡った。

グアムで仕事を始めたのはベトナム戦争終結前後で、およそ45年前。僕一人、アパートの一室からスタートしました。ひっきりなしに飛来する軍用機の騒音で眠れなかった日々は、今も鮮明に覚えています。この頃のグアムは、戦争の影響はあったにせよ日本からの観光客も多く、経済は勢いづいていました。日系企業も観光業だけでなく、電力、道路などのインフラ整備も含めて300社くらい進出していたでしょうか。現地事務所の仕事はこれら日系企業を対象としたビジネスで、主に財務・経理。会計士補とはいえ日本人の有資格者は僕だけだったから重宝され、2年強の在任中に顧客は100社以上になりました。途中からは、日本人会計士や韓国人、フィリピン人などの構成メンバーも増え、第一陣としては一定の役目を果たせたかなと。

もちろん立ち上げは大変だったし、現地採用した外国人からは反日感情を感じたこともあります。日本軍に家族を殺されたフィリピン人の反感、韓国人の日本に対する複雑な感情……。また、提携していた米国系会計事務所との仕事では、まったく異質の世界観があることも知った。これらの経験はすべてが実りになっています。チャレンジすることの面白さを教えてくれ、そして、現在の本格的な海外ビジネス展開につながっているのですから。

77年に帰国したのは、当時の三次試験を受けるためです。ところが僕は、監査補助の経験がないでしょう。そもそもの話、関東財務局から受験資格をもらえなかったんですよ。説得にあたり、実務従事として認めてもらったのは半年後、それで受験合格してやっと〝補〞が取れたというわけです。

以降は辻監査事務所に籍を置き、決算や監査業務に就くようになりました。監査としては主にカトリック系の学校を担当し、ほか出版社や警備会社などに出向扱いで財務・経理にかかわるコンサル的な仕事も。僕の恩師である代表の辻敢先生は、本の執筆を僕に手伝わせたり、セミナー講師をやらせたり、本当にいろんな仕事の機会を与えてくださった。監査一辺倒ではなく広く仕事に携わったことは本当に勉強になったし、僕がコンサルティングを志向する下地にもなったと思います。

Profile

みらいコンサルティング株式会社 代表取締役(グループ代表) 久保 光雄

みらいコンサルティング株式会社代表取締役(グループ代表)久保 光雄

1947年8月28日
福岡県大牟田市生まれ
1966年4月
日本国有鉄道
(中央鉄道学園)入社
1970年4月
中央大学商学部
(二部)入学
※国内研究員制度により
一橋大学(岡本清研究室)でも1年間学ぶ
1974年10月
公認会計士第二次試験合格
1974年11月
株式会社海外投資
コンサルティンググループ
(グアム駐在)入社
1977年4月
帰国し、監査法人
辻監査事務所入所
1978年8月
公認会計士登録
1987年4月
株式会社ビジネス
アドバイザー設立
1989年9月
株式会社シー・エス・エイに
社名変更
(代表取締役に就任)
2000年4月
中央コンサルティング
株式会社に社名変更
2007年4月
みらいコンサルティング
株式会社に社名変更
2008年11月
Reanda MC 国際公認
会計士共同事務所設立

Accountant's magazine
バックナンバー

Accountants_magazineバックナンバー 学生インターン募集中 PARTNERS

掲載企業抜粋(50音順)

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
ら行
わ行

ジャスネットコミュニケーションズ株式会社プライバシーマーク ジャスネットコミュニケーションズ株式会社は、「プライバシーマーク」使用許諾事業者として認定されています。


ジャスネットコミュニケーションズ株式会社 職業紹介優良事業者 ジャスネットコミュニケーションズ株式会社は、職業紹介優良事業者として認定されています。

↑ PAGE TOP

© JUSNET Communications Co.,LTD All rights reserved.

新規登録