青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
2017年の年明け早々、主要新聞にAIに関する記述を含む2つの記事が、立て続けに掲載された。
「今、この専門的な職業(会計士)の存続を危ぶむ声があがっている。人工知能(AI)に不正会計の事例を学習させることで、すばやく虚偽を見抜けるようになってきたからだ」(1月4日付『日本経済新聞』春秋)。
「会計監査(中略)はエリートの仕事というイメージが強いけれども、多くは枠組みの中でデータを分析する作業であり、AIが得意とするものです」(1月6日付『読売新聞』新井紀子国立情報学研究所教授インタビュー)。「近い将来、会計士の仕事はAIに取って代わられる」ということが常識のように喧伝されている。しかし、この議論は、「会計士の仕事」に対する大いなる誤解、無理解に基づいたものである、といわざるを得ない。
そうした意見の根底には、「監査=チェッキング作業」という単純な認識しかないからであろう。確かに、現状の監査で大半の時間、エネルギーが費やされているのは、そうした定型的な業務といっていい。私自身も、その部分がAIで代替されるという考えに、何ら異論はない。しかし、だからといって多くの会計士が失業するのかといえば、それは違う。
私はこのコーナーで、「会計士の本来の任務」について、繰り返し述べてきた。それは、ひとことで表現すれば「高度な専門知識、倫理観を備えて、企業の財務報告に対して職業専門家としての判断を下し、社会的責任を果たす」ことである。「それを実現するためには、会計・監査知識を高めるだけでは不十分で、監査対象である企業や経営そのものを深く知る必要がある」「同じ業種であっても、会社ごとに異なる社風まで理解しなければ、的確な監査はできない」ということも指摘してきた。確立された枠組みの中で考えるAIには無理な相談で、そこには“会計エリート”たちの存在が不可欠なのだ。
しかし、今の監査がそうした本来のあり方から乖離しているのはなぜなのか?それは、監査現場が、「多くの定型的業務」に忙殺されているからにほかならない。これをAIが代行できるのなら、会計士にはもっと高度で創造的な仕事に携わる余裕が生まれるだろう。そう考えたら、AI導入は脅威どころか、「木を見て森が見られない」現状を打開できるチャンス到来、“追い風”そのものではないか。
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青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(プロフェッショナル会計学・青山学院大学)。2005年より現職。現在、金融庁企業会計審議会委員、金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」及び「監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会」のメンバーを兼務し、職業倫理、内部統制、ガバナンスなどの研究分野で活躍。