青山学院大学大学院
会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
昨年3月、金融庁の「会計監査の在り方に関する懇談会」が「会計監査の信頼性確保のために」と題する提言をまとめ公表したことは、前に述べた。「最近の会計不正事案などを契機として、改めて会計監査の信頼性が問われている」という問題意識に基づくこの提言では、「高品質な会計監査を実施するための環境の整備」が、5つの目的のラストにうたわれている。
それ自体に異を唱える関係者はいないだろう。だが、「では、そもそも“高品質な会計監査”とは何か?」と問われたら、あなたは的確な説明ができるだろうか?少なくとも、私自身、折に触れて問いかけてきたこの質問に対して、関係者からの回答は多岐にわたり、決して一様ではなかった。「不正を見逃さないのが監査の品質だ」という人がいれば、「有能な人材の適材適所への配置」といったテクニカルな視点で語る関係者もいた。このように多義にわたる理解がなされているのも当然で、「監査の品質」について明確な定義を示した文書等は、どこにもない。先の懇談会の報告書においても、その点に関して特に示されてはいない。
しかしながら、会計監査の品質向上は、日本のみならず世界の会計監査業界にとって、今一番の“ホットイシュー”と言っていい。会計監査の信頼性を取り戻すうえで、それは必須の課題である。そのためには、会計監査の“品質”を定義し、さらにはそれを実現し維持するための“品質管理”の仕組みを構築していくことが不可欠であると思われる。
実は、かくいう私自身、その実現に向けては、いまだ漠然とした道筋しか描けていない。“品質管理”といっても、製造物のそれとは異なる難しさが、当然ある。弁護士や医師などのプロフェッショナルと異なり、個々人ないしは個別の業務に対する“格付け”がしにくいという会計士の特殊性も、避けられないハードルといえる。常に組織で動く会計監査においては、個人レベルではなく、チーム全体として、また、監査法人レベルでの品質が要求されるのである。
そうした現状も踏まえ、今重要なのは、監査の品質についての問題意識を、監査現場にかかわるすべての関係者と法人組織がしっかりと持つことである。そのためには、「高品質の監査とはこういうものだ」という共通認識を築くための努力を組織全体で始めなくてはいけない。“提言”の字面を追ってわかったような気持ちになっていては、根本的な解決にはならないということだ。
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青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授・博士八田 進二
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(プロフェッショナル会計学・青山学院大学)。2005年より現職。現在、金融庁企業会計審議会委員、金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」及び「監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会」のメンバーを兼務し、職業倫理、内部統制、ガバナンスなどの研究分野で活躍。