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Accountant's magazine vol.29

-アカウンタンツマガジン-
2015年04月01日発行

会計士の肖像

「とにかく監査で考え抜く。それを全うして初めて、会社のリスクを診立て、自分なりの見解を持つことができる」

株式会社プルータス・コンサルティング
代表取締役中嶋 克久

金融工学とのタッグで起業。さらに幅広い貢献を目指す

預金保険機構への2年の出向期間も終わりに近づくと、中嶋の心には「このまま監査法人に戻るべきか」という迷いが生じる。中嶋に人生の決断を促したのは、03年暮れに起こった、ある“事件”だった。

私は、監査法人で剣道部に所属していたのですが、合宿で一緒に酒を酌み交わしたりしたパートナーに、金融部門のトップがいました。実は、預金保険機構で金融機関を相手にしたので、戻るなら「金融部門はどうか」とのお言葉をいただいていました。そこで、「相談させてください」とアポを取ったのです。ところが、アポの前日に、足利銀行が経営破たんしてしまった……。何の因果か、足利銀行は当時の中央青山監査法人のクライアント。利益相反ではないけれど、銀行を管理する側にいた自分と、監査する側の部門トップがこのタイミングで仕事の話をするのは、いかがなものか。それで、「やめておきましょう」ということになりました。

これも何かの縁だろうと考え、出向期限の翌月、04年7月に、退職することにしたのです。件の本も売れたし、ここまでやってきたことの延長線上で、何かできるのではないか、と。決して勝算があったわけではありません。でも、なぜだか運命のようなものを意識していましたね。ただ、いずれにしても、一人では難しい。特に、金融工学のプロが絶対に必要だという思いは、確固としてありました。

ところで、退職時に縁があって監査役に就任したのが、回転ずし店を展開する銚子丸です。07年にはジャスダックに上場するのですが、10年近く監査役という立場で、他社の経営をリアルに見てきたことは、非常に勉強になっていますね。経営上の悩みって、どこの会社でも共通したものがある。それだけに、コーポレートガバナンスの観点から示唆に富んだ事象に出くわすことが多くて、それがコンサルとしてのものの考え方を深化させることにもつながった、と感じています。

話を戻すと、同期の公認会計士・棟田裕幸から、彼が異業種交流会で出会った金融工学のプロ中のプロであり、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部長だった野口真人を紹介されたのが、05年のこと。その年、この3人で、新株予約権、種類株式の評価を基軸とする事業を、本格的にスタートさせました。

会計士と、このレベルのデリバティブの専門家とのコラボレーションによる事業は、例がない。それが当社の最大の特徴であり、強みです。ただ、初めから順調にいったわけでは、決してありません。認知度も低かった。

エポックメーキングだったのは、世間の耳目を集めた旧カネボウ及び、オートバックスセブンをめぐる裁判に関与したことですね。前者は旧カネボウが主要事業を営業譲渡する際の、反対株主からの株式買取価格が争われたもので、上場廃止となっていたカネボウの株価鑑定に、当社が関与し、その鑑定結果が採用されました。

また、新株予約権付社債の発行差し止めが争われた後者では、東京地裁が「プルータス・コンサルティングの算定価格に不合理な点はない」という決定を下しました。同様の事件において、オプションの発行者側の主張が認められたのは、初めてのこと。企業評価とストック・オプションの評価に関して“お墨付き”をもらったことで、何とかやっていけそうだ、という自信にはなりましたね。

同社は、企業価値、金融商品の公正価値の評価に年間350件超の実績を築き、エクイティ関連証券の設計というオンリーワンの事業を構築した。しかし、中嶋には、後継者を育てたうえで花開かせたい、さらなる夢があるという。

我々がやっている公正価値評価の仕事には、先ほどの例にあるように、“本邦初”の事案が少なくありません。それだけにリスクと隣り合わせで、結果的に損失を被る側から訴えられる可能性もある。だから、大手ほど、前例のない事案は、多大なる損失の可能性を嫌って仕事を受けられないのです。

では、なぜ当社は受けられるのか?野口もそうなのですが、自分の頭で考え行動しているから。これに尽きるのではないでしょうか。学生時代の渡辺さんのアドバイスは、まさに至言で、何をするにも「とにかく考える」ことが大事。頼りにするのは前例などではなく、あえていえば“常識”です。それに照らしてどうなのか、という思考を、私は常にしています。

気づいたら会計監査とはずいぶん違う仕事をしているけれど、自分のベースには、間違いなく会計士のスキルがある。会社の評価は、会社のことを正確に分析しないと、絵に描いた餅でしょう。先にも述べましたが、それができるのが公認会計士なのです。

今の後輩たちを見ていて、ちょっと気になるのは、決められた手続きに従って、淡々と仕事に終始する傾向が感じられることです。そうではなくて、常に会社のリスクを診立て、自分なりの見解を持つようにしないと、プロとはいえない。やはりもっともっと“考えて”ほしいんですよ。

当社の最大の課題は、人材育成だと認識しています。ゴーイング・コンサーンが可能な体制づくりを急がなければいけない。ある程度、私の手が離れるようになったら、私自身は原点に返って、上場会社を育てる仕事にもう一度携わってみたい。

実は、私はエスプラスカンパニーという会社の監査役も務めています。故郷宮古の著名なジャズピアニスト、故・本田竹広氏の紹介で知り合った、堀内繁喜氏の経営するジャズバーの復興を目的とした会社です。あの津波で流されたのですが、支援で盛岡に素敵な店を再開させました。この会社が発行した株式が、店主のやることに口を出さない、リターンは“ある時払い”という種類株式。このスキームでエンジェル資金を調達したのです。面白いでしょ。実はこのスキームは、今後、様々なビジネスシーンで使えるはず。今の会社を誰かに任せられるようになったら、こっちもやりたい。これ、本気です(笑)。

※本文中敬称略

Profile

株式会社プルータス・コンサルティング 代表取締役 中嶋 克久

株式会社プルータス・コンサルティング代表取締役中嶋 克久

1961年7月29日
岩手県宮古市生まれ
1984年3月
中央大学商学部会計学科卒業
1985年9月
公認会計士第二次試験合格
1985年10月
青山監査法人プライスウォーターハウス
(現プライスウォーターハウスクーパース)に入所
1989年8月
公認会計士登録
1993年8月
日本合同ファイナンス株式会社
(現株式会社ジャフコ)へ出向(~1995年)
2000年7月
野村證券株式会社法人開発部に常駐派遣
(~2002年)
2002年7月
預金保険機構へ出向(~2004年)
2005年10月
現事業の母体となる有限責任事業組合
事業価値研究所を発足
2008年7月
前身会社の会社分割により、
株式会社プルータス・コンサルティングを
設立し、代表取締役に就任

[主な著書]
『資本政策の考え方と実行の手順』(共著:中経出版)、『企業価値評価の実務Q&A』(共著:中央経済社)、『ゴーイング・コンサーン早わかり』(共著:中経出版)、『種類株式・新株予約権の活用法と会計・税務』(共著:中央経済社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著:税務研究会出版局)、『戦略資本政策(新時代の新株予約権、種類株式活用法)』(共著:中央経済社)。

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