The CFO –ニッポンの最高財務責任者たち-
アクセルマーク株式会社
執行役員 経理財務本部長野口 仁
さて、会計士としては異色の経歴といえる野口氏だったが、所属した「あらた監査法人」で、それが大きな武器であることを知る。
「当時、ITが専門家レベルでわかる会計士は皆無でした。重宝されましたよ。具体的な問題点の指摘や、『こう運用すべき』『このリスクは許容範囲です』といった話は、ITがわかっていないと無理。それができる僕を顧客も監査チームも信頼してくれていた」
外資系企業の担当が半数近くを占めたのも、際立った特徴である。
「ある日、外国人のパートナーに、すれ違いざま『ハロー』と挨拶したのです。どうやらそれで、こいつは英語ペラペラだと勘違いされたらしく(笑)。学生時代に“外国人慣れ”していたからかも、と後になって思ったものです」
こうして、業種を問わず数多くの企業の監査を担当し、ほどなく年商1兆円規模の会社の主査を任される存在に。しかし、順風満帆と思われるなか、またしても転身を決意する。
「監査の社会的意義は理解しつつ、基本的に『出てきたものをチェックする』という繰り返しに、正直フラストレーションも覚えていました。矢面に立って最前線でやりたかったんでしょうね。同時に、監査は一定水準やりきったっていう気持ちもあったんですよ」
再就職先に銀行を選んだのは、「傾いた会社に全精力を注ぎ込んで蘇らせる事業再生は超アドレナリンが出そうだ」と考えたからだ。
「再生ビジネスというと、コンサル会社などにスポットが当たりがちですけど、その開始を決定するのも承認するのも実質的には債権者、すなわち銀行なのです。僕は“本丸”で、指揮を執りたかった」
希望どおり、みずほ銀行に調査役として入行。ところが、いくつかのプロジェクトで成果を上げ始めていた矢先、思わぬかたちで足を掬われてしまう。翌年3月、あの大震災が発生し、その煽りで所属していた部が消えることになったのだ。
「支店で営業をやるしかないのか」。転職後、1年も経たずに見舞われた事態に半ば茫然としているさ中、古くからの友人から「Web系のサービスで、一緒に起業しないか」と声をかけられる。渡りに船とばかり、銀行を辞め、準備を開始。いよいよ長年の夢をかなえる時がきた、と思いきや……。弱り目に祟り目、プロジェクトはリリース目前で瓦解してしまう。「パートナーの増大する私利私欲を抑えることができなかった」のが理由だった。
アクセルマーク株式会社執行役員 経理財務本部長野口 仁
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