■経理職の転職市場の現状と動向
(1)30代経理の転職希望者の増加
近年、30代の経理職における転職希望者は増加傾向にあります。この背景には、働き方改革の浸透によって労働環境への関心が高まったことや、コロナ禍以降の堅実な働き方を求める層の存在が挙げられます。
30代の経理職は、新卒から約10年程度の実務経験を積み重ねており、基本的な経理業務から決算業務、税務申告まで幅広い業務に携わってきています。この豊富な実務経験こそが、転職市場において高く評価される要因となっています。特に、月次決算や年次決算の経験、決算早期化の仕組みづくりへの貢献や業務効率化の実績を持つ人材は、多くの企業から求められています。
また、30代は家族構成の変化や住宅購入などのライフイベントが重なる時期でもあります。これらの変化に対応するため、より安定した雇用環境や柔軟な働き方を求めて転職を検討する人が増えています。
(2)経理職の求人動向と市場ニーズ
経理職の求人市場は、企業のDX推進により大きく変化しています。従来の単純な仕訳入力や帳簿作成といった業務は自動化が進む一方で、管理会計や経営企画に関わる業務への需要が高まっています。
中小企業では、経理業務全般を担当できる即戦力の人材が求められています。特に、決算業務から税務申告まで一貫して対応できる経験者に対する需要は高いです。一方、大企業では、より専門性の高い業務に対応できる人材や、システム導入プロジェクトを推進できる人材が重宝されています。
IPO準備企業や成長段階のベンチャー企業では、内部統制の構築や会計制度の整備に携わることができる経理人材への需要が急速に拡大しています。また、ESG(環境・社会・ガバナンスを考慮した)経営への関心の高まりにより、サステナビリティ会計や統合報告書の作成に精通した人材への需要も増加しています。
■30代経理に求められるスキルと資格
(1)30代経理の転職における求められるスキル
30代の経理職に求められるスキルは、基本的な簿記知識や会計処理能力に加えて、より専門性の高い能力が重要視されます。まず、財務諸表の繋がりの理解は必須といえるでしょう。
システム活用能力も現代の経理職には欠かせません。ERP(統合基幹業務システム)の操作はもちろん、ExcelやGoogleスプレッドシートを使った高度なデータ分析、マクロやVBAを活用した業務効率化のスキルが重要です。
また、クラウド会計ソフトの導入経験や、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)ツールを使った自動化プロジェクトの経験は、転職活動において大きなアドバンテージとなります。
案外、大事なのがコミュニケーション能力。これも30代経理には不可欠です。他部署との調整業務、監査法人や税理士法人や会計事務所との折衝、経営陣への報告など、様々な人々との円滑な関係構築が求められます。
加えて、プロジェクト管理能力も欠かせません。
決算業務の進行管理、システム導入プロジェクトの推進、業務改善活動の企画・実行など、限られた時間とリソースの中で成果を出すマネジメント能力が求められています。
(2)30代経理の転職に役立つ資格
①日商簿記
30代経理の転職において最も基本となる資格は日商簿記検定です。2級は必須レベルとされ、なかなかハードは高いですが、1級を取得していれば大きなアドバンテージとなります。簿記1級は会計基準の理解や高度な会計処理能力を証明できるため、上場企業や大企業への転職において特に重要視されます。
②公認会計士、税理士・税理士試験科目合格
税理士試験の科目合格も転職市場において高く評価されます。特に法人税法や消費税法の科目合格者は、一定レベルの税務知識のある人材として多くの企業から求められています。公認会計士資格は、経理職の転職において最高レベルの評価を得られる資格です。
③中小企業診断士
中小企業診断士資格は、経理業務だけでなく経営全般に関する知識を有することを証明できます。特に、経営企画や財務企画への転職を目指す場合には、この資格が大きな武器となります。
④IT関連資格
IT関連の資格も現代の経理職には重要です。ITパスポートやMOSは基本レベルの証明として、より高度なレベルでは基本情報技術者試験やVBAエキスパートなどの資格が転職活動において差別化要因となります。
■30代経理の平均年収
(1)30代経理の平均年収は?
経理・会計分野に特化した転職エージェントであるジャスネットコミュニケーションズの最新データによると、経理職(正社員)の平均年収は529万円です。国税庁の「令和5年分民間給与実態統計調査」によると給与所得者の平均給与は460万円であり、経理職の年収は比較的高いと言えます。
ただし、経理の年収は年代や役職、業種によっても変わってきます。ジャスネットの登録者5万人のデータをもとにした情報によると、30代前半で想定年収466万円、30代後半で想定年収584万円となります。これは一般社員と仮定した場合の想定年収なので、役職が上がったりスキルが付加されたりするとさらに年収が上乗せされます。
年齢 |
想定年収 |
20代前半 |
445万円 |
20代後半 |
456万円 |
30代前半 |
466万円 |
30代後半 |
584万円 |
※ジャスネットコミュニケーションズ「年収診断」を利用。
勤務地東京・日商簿記資格あり・スタッフ(一般社員)職・在宅ワーク希望・強みは「年次決算経験」にて試算
(2)業界別の年収比較
30代経理職の年収は、所属する業界によって大きく異なります。最も高い年収水準を誇るのは金融業界で、都市銀行や証券会社、保険会社の経理職では年収600万円~800万円が平均的な水準となっています。
製造業界では、自動車産業や電機産業などの大手企業において年収500万円~700万円程度が相場となっています。IT業界では、成長段階にある企業が多く、経理体制の構築や上場準備に携わる人材に対して年収550万円~750万円程度の水準が一般的です。
小売業界や飲食業界では、年収400万円~550万円程度が平均的な水準となっています。医療・介護業界では、年収450万円~600万円程度が相場となっており、診療報酬制度や介護報酬制度の理解、補助金申請業務の経験が重要視されます。
■30代経理の転職活動の進め方
(1)転職活動の進め方とポイント
30代経理の転職活動は、戦略的なアプローチが成功の鍵となります。まず、現在のスキルレベルと市場価値を正確に把握することから始めましょう。自分が担当してきた業務の範囲、関わったプロジェクトの規模、達成した成果を具体的に整理し、転職市場における自分の立ち位置を客観視することが重要です。
職務経歴書の作成においては、単なる業務内容の羅列ではなく、具体的な成果や改善実績を数値で示すことが効果的です。
例えば、決算早期化による日数短縮、業務効率化によるコスト削減額、システム導入による工数削減率など、定量的な成果を明示することで、採用担当者に対する訴求力を高めることができます。
(2)経理職の転職活動における自己PRの作成方法
経理職の自己PR作成において最も重要なのは、専門性と実績の両方を効果的に伝えることです。まず、これまでの経験を体系的に整理し、どのような規模の企業でどの程度の責任を担ってきたかを明確にしましょう。
問題解決能力をアピールする際は、具体的な課題とその解決プロセスを詳述することが効果的です。
例えば、決算業務の遅延問題を解決するために新しいワークフローを導入したのであれば、「月次決算の早期化プロジェクトでは、従来15日かかっていた作業を8日に短縮する業務改善を主導し、会社の意思決定スピード向上に貢献しました」などと数字を交えて説明するとよいでしょう。
システム活用能力については、使用したことのあるソフトウェアやツールを列挙するだけでなく、それらをどのように活用して業務改善を実現したかを具体的に説明しましょう。
また、チームワークや指導力についても、30代の経理職には重要な要素です。後輩指導の経験、他部署との連携プロジェクトでの役割、チームでの目標達成に向けた取り組みなどを通じて、組織での貢献度をアピールしましょう。
■転職エージェントの活用法
(1)転職エージェントの選び方
30代経理職の転職において、適切な転職エージェントの選択は成功の重要な要素となります。総合型エージェントよりも、経理職に特化した専門エージェントを活用するといいでしょう。経理職専門のエージェントは、経理業界の動向や企業の詳細な情報を把握しており、求職者のスキルレベルに応じた適切な案件を紹介してもらえます。
エージェント選びの際は、担当コンサルタントの経理業務に対する理解度を確認することが重要です。また、企業との関係性も重要な選択基準です。希望する企業や業界との取引実績があるか、過去の転職成功事例はどの程度あるかを確認し、実績のあるエージェントを選択することが重要です。
(2)転職エージェントを利用するメリット
転職エージェントを活用することで、30代経理職の転職活動を効率的かつ効果的に進めることができます。最大のメリットは、非公開求人へのアクセスです。特に経理職の場合、企業の財務情報に関わる重要なポジションであるため、公開求人での募集を避けることも少なくなく、信頼できるエージェント経由での採用を行っています。
また、市場価値の客観的な評価も重要なメリットの一つ。経験豊富なコンサルタントが、求職者のスキルや経験を転職市場の基準で評価し、適切な年収レンジや転職先の選択肢を提示してくれます。
加えて、不安の多い応募書類の添削サービスも行ってくれます。経理職特有の専門用語の使い方や、実績の効果的な表現方法について、業界に精通したコンサルタントからアドバイスを受けることができます。面接対策においても、企業ごとの特色や採用基準に応じた具体的なアドバイスを受けることができます。
■30代経理の転職成功事例とリスク
経理職の転職成功事例
ここでは、ジャスネットコミュニケーションズの事例から、経理の転職に成功した30代の方々の事例を紹介します。ぜひともキャリアアップの参考にしてみてください。
【ケース1】30代未経験から、年収を下げずに経理正社員の内定獲得
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転職前 |
転職後 |
勤務先 |
飲食業 |
インフラ系 |
職種 |
スタッフ |
経理 |
年収 |
430万円 |
430万円 |
大手飲食チェーンで7年半勤務してきたAさんは、興味を持った簿記の勉強も始め、日商簿記2級を取得していました。勤務先で経理部への異動を願い出るも叶わなかったため、本格的な経理への転職を希望してジャスネットに登録しました。Aさんの年齢は30代半ば。経理未経験からの転職ということもあり状況が厳しく、なかなか内定を取れませんでした。
そのころ、本社のアクセスがよくない場所にあり、採用を苦労していたインフラ系企業のオファーがあったことをエージェントが把握。Aさんはたまたまその近くに住んでいたのです。接客業で培ったコミュニケーション能力や簿記1級の勉強を重ねるAさんの姿勢は企業にも高評価で、Aさんは内定を得ることができました。
【ケース2】残業の多くない会社にマネージャー候補として転職
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転職前 |
転職後 |
勤務先 |
情報・通信会社 |
システム開発会社 |
職種 |
経理 |
経理 |
年収 |
360万円 |
470万円 |
税理士事務所に勤務した後、上場企業に転職したYさん。ただ同社は残業が多く、また上司との関係もぎくしゃくするようになったため、転職を決意してジャスネットに登録しました。Yさんは年次決算や法人税・消費税申告書作成、監査対応などの経理業務に一通り従事しており、経験も豊富。紹介先企業もたくさんありましたが、エージェントが一押ししたのが上場しているシステム開発会社でした。
思ったことをはっきり口にするYさんと、開放的な雰囲気の同社。社風が合うと考えたエージェントの予想は大当たり。面接の雰囲気も良く、会社側もマネージャー候補として高く評価。無事に内定となりました。
■経理職のキャリアプランと将来性
(1)経理職の転職におけるキャリアプランの重要性
①まずは自分の強みを見極め、興味のある分野を明確にする
30代経理職にとって、明確なキャリアプランの策定は転職成功の重要な要素です。キャリアプランは単なる昇進や年収アップの目標ではなく、自分の価値観や人生設計に基づいた長期的な職業人生の設計図として捉える必要があります。
経理職のキャリアプランを考える際は、まず自分の強みと興味のある分野を明確にすることから始めましょう。経営に近いところで働きたいのであれば、経営企画部門への道も選択肢に入りますし、税務に興味がある人は税理士資格の取得を目指すことで、企業内で働く以外に独立の道も開けてきます。
働く業界の選択
業界選択もキャリアプランの重要な要素です。成長産業であるIT業界や医療業界では、業界の拡大とともに経理職のポジションも増加し、昇進機会も豊富です。
また、企業規模、上場か非上場かによる違いも考慮する必要があります。大企業では専門性を深めることができる一方、中小企業では幅広い業務に携わることで総合的な能力を伸ばすことができます。
(2)経理職のキャリアパスと将来性
経理職の将来性は、デジタル化の進展により大きく変化しています。従来の定型的な業務は自動化が進む一方で、より付加価値の高い業務に対する需要が拡大しています。
連結決算に携わることや経営企画への道は、経理職の代表的なキャリアパスでもあります。例えば連結決算では、単なる会計処理能力だけでなく、連結会計基準の理解やExcelのスキル、システム理解とITリテラシーも求められます。また、内部統制やリスク管理の専門家としてのキャリアも注目されています。
税務の専門家としてのキャリアも安定した需要があります。税理士資格の取得により、企業内税理士として活躍するか、将来的に独立開業する道も開けます。CFOへの道も、経理職の最高峰のキャリアパスです。
■経理職の業務の繁忙期とその対策
(1)経理職の繁忙期とは
経理職の繁忙期は、企業の決算スケジュールと税務申告期限に密接に関連しています。最も忙しい時期は、3月決算の企業の場合、年度末決算の3月から5月にかけてで、この期間中は連日遅くまでの残業や休日出勤が常態化する企業も少なくありません。
四半期決算を行う企業では、年4回の決算業務があるため、締めの翌月となる7月、10月、1月にも繁忙期が発生します。税務申告に関しては、法人税の申告期限である決算日から2カ月以内(延長の場合あり)の期間が特に重要です。監査対応も繁忙期の重要な要素で、公認会計士による期末監査は通常4月から5月(6月)にかけて実施されます。
(2)繁忙期における業務の対策
経理職の繁忙期を乗り切るためには、事前の準備と効率的な業務プロセスの構築が不可欠です。最も重要な対策は、年間を通じた業務スケジュールの見える化です。決算日程、税務申告期限、監査スケジュールなどを統合したマスタースケジュールを作成し、計画的な業務遂行を可能にします。
業務の標準化と効率化も重要な対策です。決算業務の各プロセスについて、標準的な手順書やチェックリストを作成し、誰でも一定品質の業務を遂行できる体制を整備します。システム活用による効率化は、現代の経理業務において欠かせない対策です。
また、人員配置の最適化も効果的な対策です。繁忙期に向けて、経験豊富なメンバーと新人を適切に組み合わせたチーム編成を行い、業務の負荷分散を図ります。体調管理とメンタルヘルスケアも見逃せない対策です。
■まとめ
30代経理職の転職は、これまでの実務経験を活かしながら、さらなるキャリアアップを実現する絶好の機会です。デジタル化の進展により経理業務の内容は大きく変化していますが、この変化は新たなチャンスをもたらしています。
転職を成功させるためには、まず現在の市場動向と自分のスキルレベルを正確に把握することが重要です。簿記や税務知識といった基本的な専門性に加えて、システム活用能力やコミュニケーション能力、プロジェクト管理能力などの総合的なスキルが求められています。
30代という年代は、豊富な実務経験と今後の成長可能性を併せ持つ、転職市場において最も価値の高い世代です。この機会を最大限に活用し、理想のキャリアを実現するための転職を成功させましょう。
継続的な学習と自己研鑽により専門性を高め続けることで、変化の激しい経理業界において長期的に活躍できる人材として成長していくことができるでしょう。