古いスパイ映画やマフィア映画などを見ると、こんなシーンがあります。
重厚な家具や調度品の置かれたボスの執務室。ゆっくりと、けれどどこか重い口調で吐き出される依頼内容。
話がおわると、机の引き出しから何か手帳のような小さな冊子を取り出し、質の良さそうな万年筆でさらさらと書き込む。そして、おもむろにページをちぎって差し出す。
「報酬はこれだ」
手渡されたものは、金額の入った小切手。主人公は静かにそれを受け取り、内ポケットにしまいます。
こうしてみてみると、われわれの生きる現代とはなにか違った世界の話のような手形や小切手ですが、今もなお引き継がれる商慣行として存在します。今回はこの手形や小切手について見ていきましょう。
【第4回 手形・小切手】(AI・IT代替危険度予想 ランクB)
*上記ランクについてはAが代替危険度が高く、BCの順で低いものと予想する。
目次
1.手形にまつわる歴史的変遷
2.手形や小切手のしくみ
3.電子記録債権と経理のミライ
4.「攻め」のIT化戦略
1.手形にまつわる歴史的変遷
海外の映画に出てくる小切手や手形の文化は歴史が古く、12世紀頃とから始まった商慣行といわれています。島国である日本と違い、国境が近いヨーロッパでは交易が自国内にとどまらず他国にも渡っていました。そのため、両替商がそれぞれの国の通貨に交換をしていましたが、現金を持ち歩くのは危険が多いことから、通貨ではなく額面を記載した証書を両替商に持ち込み換金をするというシステムが構築されました。つまり、小切手1枚で異なる通貨との両替と売買代金の決済が一度にできる画期的な仕組みであったのです。
こうして誕生した手形制度は、日本でも江戸時代以降類似した商慣行があったものの、明治政府により法制度化され、現代のようなかたちになりました。
(1)手形や小切手が普及した背景
現代のような銀行振り込みによる決済手段がまだ一般的ではない60年代~80年代。小切手や手形は今よりもずっと身近な決済手段でした。
取引銀行の口座開設と同時に「当座勘定取引契約」を結び、小切手の発行を受けます。第2回の記事で見たように、この時代、各事業者には営業担当の「御用聞き」がいたため、代金の決済は担当者が集金に来た際に小切手を手渡し決済していたのです。
また、建設業や製造業、運送業などの特定業種で広く普及したのが手形です。これらの業種の特徴は取引の決済額が高額になるものの、契約から納期までの期間が長く、納期までの間に多額の原価費用が発生するのが特徴です。
キャッシュフローをよくするには、第3回のキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)でも確認した通り、「売上の入金を速く、仕入の支払いを遅く」が鉄則でしたので、こういった売上の入金までのスパンが長い業態ではキャッシュフローの悪化は死活問題です。このようなキャッシュフロー問題を解決するために手形が重視されたという背景があるのです。
(2)現金の紛失・盗難リスク
キャッシュフロー以外の小切手や手形の利便性は、現金を持たないで取引ができるという点です。銀行振込が普及していない時代において、高額取引について現金で決済するには常に危険が伴いました。そのため、かつてのヨーロッパのように決済代金を書き込んだ手形や小切手を利用するようになったのです。
しかし、そうはいってもこれらが盗難された場合のリスクはつきまといます。特に一覧払である小切手は、決済までの期間が短く、紛失や盗難により第三者に決済されてしまう危険性があります。また、物理的な手形証券がないと換金できませんから、これをなくしてしまったら一大事。営業担当者が取引先から帰社する間に手形をなくして大騒ぎ…なんてことも起こりうるのです。
(3)手形や小切手はなくなったのか?
ところで、簿記検定などの簿記の勉強でもいまだに手形や小切手の取り扱いが出てきますが、実際のところ、これらはまだ使われているのでしょうか。
中小企業庁が平成28年に公開した資料によると、全下請け事業者のうち、決済手段がすべて現金(振込を含む)であった事業者は59%、すなわち現代においても4割強の下請け事業者が手形の提供を受けているのです。
2.手形や小切手のしくみ
(1)取引の流れ
それでは、手形や小切手がどのような形で取引されるのか確認してみましょう。
手形や小切手の決済手段を使うには「当座勘定取引契約」を取引先銀行と結び、当座預金を開設しなければなりません。当座預金は決済用口座であり、利息が付かないことが特徴です。また、預金通帳がなく、口座の動きは毎月銀行が発行する「当座勘定照合表」で把握します。当座預金から仕入代金等を決済する場合には、別途銀行から発行を受けた小切手帳や手形帳に決済金額を書き込み支払先に渡します。これらを受け取った事業者は、自社の取引銀行に持ち込み代金の決済を受けます。
通常、発行元の銀行と、引き受け銀行は違うため、銀行間で「手形交換所」という機関を通して手形の交換を行わなければならないため、決済期日のない小切手であっても代金の決済までに数日かかるという特徴があります。
(2)手形の功罪(決済期日について)
この決済期日について、特に問題となるのが手形です。
通常の仕入代金の支払いサイクルが月末締め翌月末払いであるような場合に、この通常の支払期日に例えば120日の手形を振り出し仕入代金の決済をすれば、そこから約4カ月現金での決済が行われませんから、実質半年近く売上代金を自社で拘束できるわけです。そのため、元請け企業が下請け先との決済に利用することも多く、手形の利用は取引当事者間の力関係で決められてしまう側面もあるのです。
実際に、中小企業庁もこの点を問題視し、手形の使用を自粛するような呼びかけも行っています。
(3)手形の管理と割引、裏書
手形のもう一つの特徴は、証券が決済手段や資金調達手段に変えることができるという点です。これが手形の裏書や割引です。
裏書は、手形を金券のように額面分の別の事業者への決済代金に流用することができる制度です。また、割引とは、金融機関に期日前に持ち込み、金利相当分の手数料を支払うと換金できるという制度です。売掛金が数か月滞納してしまうと資金繰りが悪化してしまいますが、手形は換金できる手段があるため、まだ融通性が高いといわれていました。
しかし、多くの方が勘違いしているのは、この換金化の裏には必ず「与信」が付くということなのです。すなわち、手形を発行している事業者の与信に問題があれば、このような決済に応じてもらえないということです。したがって、裏書や割引という制度があるからといって、手形をもらう側の与信管理を金融機関に丸投げできるというわけでもないのです。
そのため、経理部署においては、手形制度を理解したうえで、担当者が「受取手形記入帳」といった帳簿をつけて、管理することが重要となっているのです。
3.電子記録債権と経理のミライ
(1)電子記録債権(でんさい)とは?
それでは、手形や小切手は今後もなくらなないのでしょうか。
物理的な手形や小切手の代わりに中小企業庁が利用を促進しているのが、「電子記録債権(でんさい)」です。これは、手形制度をそのままシステム化した制度です。したがって、物理的な手形を発行する必要がなく、発行コスト(印紙代、郵送代、管理作業コスト)の大幅な削減に役立っています。また、運営しているのは、全国銀行協会という各銀行が加盟する業界団体であり、すべての銀行とオンラインデータでのやりとりができるため、手形交換所を経由することなく、スピーディーな取引が可能となります。
また、当然のことながら、物理的な証書がないことから、盗難・紛失のリスクも免れます。
システム上で、電子データの形で自社の保有する手形が管理されていますから、わざわざ「受取手形記入帳」といった記録簿をつける必要性もなく、経理のIT化にも大きく貢献しています。
(2)中小企業とIT化の実態
しかし、このように利便性の高いでんさいですが、残念ながらいまだに物理的な手形に代わる手段とはなっておらず、東京商工リサーチの調べ(東京商工リサーチ「2017年「手形・でんさい」動向調査」2018年4月17日)によると利用率は全手形交換高のわずか3.9%に過ぎず、手形交換額とでんさい額では実に25倍もの開きがあります。これは、中小・零細企業のIT化が進んでいないためです。BtoB取引である以上、取引先事業者のすべてがこのシステムを採用しなければ、なかなか導入しがたく、導入したくてもできていない企業があるのが実態なのです。
4.「攻め」のIT化戦略
(1)過渡期にある決済手段
でんさいのように、これまでかかっていた事務作業や危険リスク負担は、物理的な現金や債券を持たないことでどんどん企業を離れていき、働く人たちにかかる負担も減っていくでしょう。
しかし、前述のとおり中小企業においては、IT化という言葉が遠い未来にあるような企業も多く、「ITは怖いもの」という意識がいまだ根強く残ってしまっている側面はぬぐい切れません。
そこで、私たち経理部門では何ができるのでしょうか。
これまでは、複雑な処理方法と管理方法を熟知し、取り扱うことは経理業務での難しい作業の一つとなっていました。しかし、キャッシュレス決済の動きも含め、今、決済手段の変容は過渡期にあります。
その中で、大きな設備投資をしなくてもリスク負担や事務負担を回避し、安全に決済を行うことができる技術が多数生み出されていくでしょう。その結果、管理における人材はどんどん不要となっていくのです。
(2)今後必要となってくるスキルとは?
これから時代、経理にはそのような動きをいち早く察知し、自社の利便性を考え、導入の判断ができるIT知識が求められます。「ITはちょっと苦手です…」といった姿勢ではなく、今後新しい仕組みが登場したときには、すぐさま飛びつけるようなメンタリティは必要です。
とはいえ、会社の設備投資を考えるなんて、現実離れした世界に思う人も多いでしょう。だからといって、そのままにしておけばオーバーワークという形で自分の身に降りかかる恐れは今後一層増えるでしょう。それでは、どのようにして自分に必要な知識を見つけたらよいのでしょうか。
そのために必要なのは「疑う力」です。まずは、 目の前の自分の仕事のフローから、「実はもっと時間をかけずにできる方法があるのでは?」と疑ってみましょう。そうした気づきから検索していると、世の中には驚くほどたくさんの解決策が存在することに気づくでしょう。たとえば、いつも大量のデータを手入力しているのであれば、「Excelのシートを作成して対応できないだろうか?」又は「データのアップロード機能は使えないだろうか?」というように今すぐにでも対応できるものもあるでしょう。
あるいは、マクロやVBA、多数の業務ソフトなど、さらなる知識を習得しないとできない方法もあるでしょう。まずは、目の前のできるところから実践し、その先が見えたら足りない知識を学習し、習得する。このように、必要から得た学習は自身の経験や知識として定着します。
その積み重ねこそがプロフェッショナルへの入り口です。
経理業務におけるIT化の流れは、働き方を考える中でさらなる加速をみせるでしょう。 しかし、本当の意味で働き方の「改革」ができるのは、日々の業務に実際に取り組む現場社員の気づきの具体化なのです。
- 執筆者プロフィール
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小島 孝子(こじま たかこ)
税理士神奈川県出身。税理士。
早稲田大学在学中から地元会計事務所に勤務。その後、都内税理士法人、大手税理士受験対策校講師、大手企業経理部に勤務したのち2010年に小島孝子税理士事務所を設立。幅広い実務経験と、講師経験から実務家向けセミナー講師多数担当。「実務」と「教えるプロ」の両面に基づいたわかりやすい解説に定評がある。実務においては、街歩き、旅行好きの趣味を生かし、日本全国さまざまな地域にクライアントを持つ、自称、『旅する税理士』。 - 著書
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