「買掛金」と聞いてあなたが一番に思い浮かべるのは、おつきあいのある企業から送られてくる請求書ではないでしょうか。これは今後のAIやITの進展でどうなるのか。買掛金管理業務の現在を踏まえた今後の展望を、税理士の小島孝子先生に語っていただきました。
【第2回 買掛金管理業務】(AI・IT代替危険度予想 ランクB)
2019年7月29日 小島 孝子
目次
1.支払業務の変遷
(1)ツケってなに?
「ツケ払い」という言葉があります。今では一般的にあまりなじみがない言葉となってしまいましたが、最近では某大手通販会社がこの言葉用いた決済手段を採用したことで初めて聞いた方もいるのではないでしょうか。この「ツケ」とは「付ける」こと。「何に?」というと、まさにみなさんが毎日向き合う「帳簿」に「付ける」ことを指すのです。
(2)「御用聞き」の役割とは?
時代劇や落語の世界には頻繁に「御用聞き」が登場します。お屋敷のお勝手口に出向いては注文を聞いて後からその品物を届ける、まさに「御用」を聞きに来る役割の人です。代金はお金で決済する時代ですから、利便性を考え商品代金はあとからまとめて請求することとしたのです。このときに御用聞きの都度帳面(帳簿)に忘れないように「付ける」ことから「ツケ払い」というわけです。
(3)変わらないシンプルさ
この御用聞きは、昭和の時代に入ってからも商慣行として多くの商店で続きます。御用聞きが一般的でなくなりつつある現代においても「掛取引」は経済社会の中でなくてはならない取引となりました。しかし、驚くことに「請求書をもらって帳簿につけて支払う」というシンプルなやりとりは、決済手段が小切手、手形、振込と変遷しようとも、ほぼ変わらず人の手を介して続けられてきているのです。
2.経理における支払業務
経理現場における買掛金管理は現在どのようになっているでしょうか? 第1回のコラム「売掛金管理業務」でもご紹介したように経理業務に関してもITの流れは確実に進んでいます。しかし、 なかなかIT化が進展しない業務の代表がこの「支払に関する業務」といえます 。
IT化、特にAI化に必要な要件は作業の「単純化」と「平準化」 です。すなわち、AIは同じ作業を黙々とこなすような作業を最も得意とするものであって、「判断が必要な業務」、「定型化されていない業務」にはまだまだ対応できません。
それでは、「請求書をもらって帳簿につけて支払う」というこのシンプルなやりとりが、なかなかAI化できない原因は何なのでしょうか。
3.支払業務が定型化できない2つの原因
その原因は2つの理由が考えられます。
① 請求書が定型化されていない
自社で発行する請求書をもとに取引を仕組み化していく売掛金管理と違い、取引の相手先からもらう請求書を元に管理を行う買掛金管理では、
相手先から受け取る請求書の形状、項目、字体などバラバラ
で、仕訳に必要な情報を読み取ることが難しいという点が挙げられます。小規模な店舗やフリーランスの個人など、いまだに手書きの請求書を用いる事業者も多く、文字そのものの読み取りさえ難しいようなケースもあるのです。
② 支払内容を定型化できない
記帳をする際には、「勘定科目」が必要です。
私が経理業務を始めた頃、当時の上司がこんなことを教えてくれました。
「会計に関する仕事はどれだけ時代が変わってもなくなることはない。なぜなら、 今日買った1本のペンが“仕入”なのか“消耗品費”なのかは、事業内容、取引の状況、会社の管理方法などにより異なる からだ」
この話の重要性は、経理業務に何年も携わってきた今でも実感します。
業務の引継ぎなどを行う際に引き継ぐべき項目は、圧倒的に支払項目の方が多く、また、簿記学習者が経理業務を苦手と感じるポイントもまさにこの支払内容の整理なのです。経理業務に携わると、まず、簿記の教科書に出てきた取引がそのまま同じように仕訳処理できること自体がほとんどないことに気づき混乱するのです。
簿記の学習は、決算整理などの特殊な会計処理について多くの時間を費やしますが、このような日常取引について触れられることはほとんどありません。これは、まさに 「定型化できない」ことの表れ であり、 この部分が瞬時に判断できるかは、個々の経験値によってしまう部分が多い のが実情なのです。
4.OCR化の限界
支払に関してまったくIT化が進んでいないか、というと必ずしもそうではなく、各ベンダーがしのぎを削りIT化の方法を模索しています。その一つの手段がOCR(Optical Character Reader、光学的文字認識)化です。
(1)OCR化とは
OCR化とはスキャナー等で請求書を画像データで読み取り、文字の解析を行い、文字データをもとにデータ生成を行う方法です。
スキャナーの取り込み速度や解像度は年々飛躍的に上がり、手書き文字であってもかなりのレベルで読み取りが可能となっています。これに、読み取る文字内容の一部を「キーワード」として勘定科目の紐づけを行えば、ある程度のIT化が可能となっています。また、これにAIによる学習機能が付けば、より精度が上がっていくこととなるでしょう。
(2)データ化が難しい日本語という言語
しかし、これで100%IT化が可能ということは決して言えないという現状があります。
26文字のアルファベットをだけを用いて表現する英語圏と違い、ひらがな、カタカナ、多数の漢字(しかも旧字体まである!)を用いて表現する日本語という言語は複雑すぎて、完璧に読み取り、変換するということは不可能であり、まだまだ人が目で見て判断し、入力した方が速いというのが現状なのです。
5.なぜ請求書を発行しなければならないのか?
そもそも、われわれはなぜ請求書を発行しなければならないのでしょうか?
請求書を発行しなければならない事情は、実は支払い側にあります。会社における義務に関する「会社法」、法人の税金計算に関する「法人税法」この目的の違う2つの法律のどちらもが帳簿書類(帳簿とそれに関連する資料)の保存を義務付けているからです。
これは
原則的に紙で発行されたものを「物理的に」保存することが要件
とされています。
したがって、
請求書がないと支払い側に経費計上が認められず、税務調査などの際に否認される恐れがある
のです。
6.電子帳簿保存法と買掛金管理の未来
ここで、ある仮説を考えてみます。仮にすべての支払いデータが電子データとしてやり取りされ、売り手側、買い手側がすべての決済データを電子データとして受けとれば、支払業務のすべてがIT化され得るのではないでしょうか。
(1)支払業務IT化のヒント
この仮説に関するヒントが、現在ニューヨークの外資系会計事務所で活躍する友人からのメールにありました。友人の話によると、アメリカでは紙での請求書のやり取りは少なく、すべてメールで送信されてくるため、電子データから直接BOOKKEEPINGを行うことができ、記帳業務が大幅に少なくなっているとのこと。まさに、これからのAI化の答えがここにあるのではないでしょうか。
(2)突破口となり得る「電子帳簿保存法」と「キャッシュレス決済」への動き
日本においては、前述のとおり法律により紙の保存を原則としますが、唯一の例外があります。それが「電子帳簿保存法」に基づく保存です。
電子帳簿保存法の歴史は意外と古く、1998年に制定された法律であり、これにより国税関係帳簿書類に対し、電子データによる保存を認めています。しかし、データの正確性を担保するための手続きの煩雑さから利用頻度は依然として低いままです。国税庁は調査人員不足への対応などの理由から電子データ化を推奨しており、数回の法改正により徐々に利便性が高まってきています。 これが進めば、日本においてもペーパーレスの社会が訪れ、「物理的な請求書を読み取る」という作業が少なくなる でしょう。
また、昨今のキャッシュレス決済への取り組みは、まさに「情報をデータで保有する」方向へ国が舵を切ったことを表します。 2019年10月以降予定されている消費税のインボイス制度により、請求書の発行事業者が登録番号を持つことになるため、この番号に取引データの紐づけができるようになれば、今後、よりIT化がしやすくなる ことでしょう。
7.買掛金業務の「攻め」と「守り」~経理は会社の番頭になる
(1)買掛金業務における「守り」
売掛金業務に引き続き、買掛金でも「攻め」の業務と「守り」の業務が何なのかを考えてみましょう。まず守りについてです。これまでご説明したように、今のところは場面によってOCRなどを活用しつつ、人間の手で正確に会計システムに入力をするしかないでしょう。
(2)買掛金業務における「攻め」
それでは、買掛金業務における「攻め」が何かを考えたときに、どのような業務が重要となってくるのでしょうか。
そのヒントは、再度江戸時代に遡ります。江戸時代の商家には、使用人の最高職と言われた「番頭」がいました。この存在がその店の存亡を左右する大きな存在だったのです。
商いの基本は 「信用」 です。その信用が最も試されるのは、 「期限通りに支払いがなされるか」 であり、まさに「資金繰り」なのです。江戸の昔から、 番頭は帳面をつけ、資金繰りをつけ、その店の信用力を高めるためのキーパーソンだった のです。
もちろん、資金需要と入金の管理はITにより解決できる部分も多くなることでしょう。
しかし、予定していた売上が必ずしも計画通りに上がるとは限りません。そのときこそ、「御用聞き」に終わらない現代の番頭、経理の出番なのです。
繰り返しになりますが、今後はより省力化されることが予想される入力の部分はITを活用し、人間はこの「期限どおりの支払い」という信用を損なわないために、資金繰りに目を光らせる必要があるでしょう。数字の正確な入力については、あくまでもその手段であることを忘れないようにすることが大切です。
関連リンク
- 執筆者プロフィール
-
金子 智朗(かねこ ともあき)
コンサルタント、公認会計士、税理士1965年生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科修士課程卒業。日本航空(株)において情報システムの企画・開発に従事しながら、1996年に公認会計士第2次試験合格。プライスウォーターハウスコンサルタント等を経て独立。現在、ブライトワイズコンサルティング合同会社代表社員。
会計とITの専門性を活かしたコンサルティングを中心に、企業研修や各種セミナーの講師なども多数行っている。名古屋商科大学大学院ビジネススクール教授も務める。
- 著書
- 『MBA財務会計』(日経BP社)
『「管理会計の基本」がすべてわかる本』(秀和システム)
『ケースで学ぶ管理会計』(同文舘出版社)
『新・会計図解事典』(日経BP社)
など多数。