上場企業の経理部、その業務内容とやりがいは?
2025年7月1日 山中 宏
目次
- (1)主計業務
- (2)四半期報告書、決算短信、有価証券報告書などの作成
- (3)税務対応
- (4)税務調査の対応
- (5)国際税務関係
- (6)予算確定のために各部署に対して予算のコントロールをする
- (7)工場経理の原価計算など
2025年6月25日
経理に転職したい人、やりがいのある仕事を探している人へ。
この記事では、税理士資格を持ち、上場企業で10年以上経理職として活躍した筆者が、経理のリアルな業務内容とやりがい、求められる資質、キャリアパスについて詳しく解説します。
■ 経理のやりがいとは?本質は「数字で企業を支える実感」
経理職のやりがいは一言でいえば、企業の中枢に関わる誇りと責任感 にあります。 日々の会計処理から決算業務、税務対応、予算管理まで、すべての業務が「数字」という形で企業活動の裏付けとなります。
特に上場企業の経理部では、あなたの仕事が有価証券報告書や決算短信として世の中に公開されるため、社会的責任も大きく、達成感は格別です。また、「自分の作った資料が株価に影響する」こともあり、数字の重みにやりがいを感じるという声も多いです。
さらに、社内での部門間調整や国際税務対応など高い専門性が求められる一方で、人間力も問われるのが経理職。数字を通して人・組織・事業をつなぐ存在として、やりがいを実感できます。
■ 必要とされる志向性(どんな人に向いているか?)
上場企業の経理部で働く場合、何よりも几帳面で正確性が高いことが求められる と思います。特に上場企業の場合は、自分のミスが株価に影響を与え、何万人もいる株主にまで損失を与えてしまう可能性があるため、常に緊張感をもって仕事に臨まなくてはなりません。
会計事務所で中小企業に対して仕事をしているレベルではなく、より綿密な注意力が必要とされます。上場企業では決算のたびに監査も行われており、そこで修正が入ると大きな問題になることもあるので、経理部のプレッシャーも半端ではありません。
また、お客様とのコミュニケーションが中心の会計事務所と違い、上場企業は社内の人間とのやり取りが第一になります。 組織になじみ、様々な部署と円滑に業務を行うことが必要とされますので、高いコミュニケーション能力も必要 です。
会社内から「この取引について会計・税務的にどう思うか」などの質問も多数きます。経理部としての見解だけではなく、例えばコンプライアンス的によくない、などの意見もはっきり言えるようなことも必要です。
■ 「上場企業の経理部」での業務内容(わたしの場合)
(1)主計業務
取引が出たときに会計処理を考える、会計処理基準が変わった時の対応を考えるなどの業務です。
わたしは退職給付引当金の担当だったのですが、上場企業では何万人も在籍している従業員の引当金を積み立てており、中小企業で行っていたものとは件数も金額も難易度も全く違いました。
出向している人や海外の子会社、日本の子会社の場合はどうするのかなど、会計処理基準など自分でもかなり勉強して対応しなくてはなりませんでした。
(2)四半期報告書、決算短信、有価証券報告書などの作成
決算発表の資料なので、財務諸表論の知識が活かせる分野ではあります。
ただし上場企業の場合は処理を一つするにしても、自分の直接の上司、部長、さらにその上へと承認をとる必要があるので、確認のための資料などを用意しなくてはならず、そのために時間がかかるので前もって準備することが大切です。
(3)税務対応
連結納税(グループ通算制度)の処理について子会社への説明会などを行っていました。年に1回子会社の税務担当に説明会は必ず行っており、税制改正があった場合の対応などを指示していました。
(4)税務調査の対応
上場企業への税務調査は半年間にわたって行われるため、その場所の確保、他部署の方との調整なども業務に入ります。
税理士であれば国税局からの質問がどのように来るのか、どんなことが聞きたいのかなどが知識としてあるので、他部署の方には事前に伝えて、業務が円滑にすすむよう配慮していました。
(5)国際税務関係
当時は事前確認制度(APA)という、国外に関連会社を持つ企業が移転価格税制に係る課税リスクを回避できる制度があり、それを利用していました。
海外の税務調査について自分でも勉強しましたし、取引ごとに契約している税理士法人の国際税務に精通した方に相談しながら対応しました。
(6)予算確定のために各部署に対して予算のコントロールをする
来期の売上目標、利益目標に沿って、どのくらいの費用が使えるのかを各部署に割り振り、全体の調整をする業務です。
新卒の方は最初に取り組むことが多い業務ではないでしょうか。
(7)工場経理の原価計算など
中途で入社した税理士や公認会計士がやることは少ないですが、新卒で入社した人が経理の理解を深めるために担当することがあると思います。
■ わたしの場合:上場企業経理部での働き方
わたしは税理士の勉強をしながら36歳の時に国内自動車メーカーの国内経理部会計グループに就職しました。最初は主計業務担当になり経理処理を検討したり、決算短信や有価証券報告書、会社法計算書類などを作成する部署に配属になりました。
それまでもわたしは中小企業診断士の資格を取得し、大小様々な企業で働いてきましたが、上場企業の規模の大きさに驚いたことを今でも覚えています。
経理部門だけでも数百人の人がおり、誰が何をやっているのか、把握するだけでも大変でした。すこしでも早く業務に慣れようと、いろいろな人に話しかけたり、食事や飲み会なども積極的に参加して、社内の関係を作るよう努力しました。
大きな案件でなければ最初から最後まで一人で仕事を担当することもある税理士の仕事と違い、上場企業では自分がやっている仕事はほんの一部で、どんなことをやるにしても社内の調整は欠かせず、手続きなどもたくさんあります。 社内での関係が上手くいっていれば、手続きなどもスムーズに進みますし、とにかく人間関係を構築することが大切 でしたね。
結局、そこで10数年働き、自動車メーカーにおける移転価格税制、各国の税務に関する知識、連結納税(グループ通算制度)、さらに上場企業の会計の経験を積みながら、税理士の資格も取得しました。最終的にはマネージャーとして20人以上の部下もいましたので、モチベーション管理なども学ぶことができました。
■ 「上場企業の経理部」での業務のやりがいやメリットは?
やはり上場企業の場合は、 最終的な数字が新聞やテレビなどで発表されたりもするので、自分が関わったものがニュースとして報道されることに誇らしい気持ち を持つことはありました。翌日の株価に影響があったりして自分が大きな仕事をしているという醍醐味があったと思います。
また、わたしは仕事をしていく中で直属の上司をとても尊敬していたので、その上司に喜んでもらえるというモチベーションもありました。
■ 「上場企業の経理部」の採用ニーズ
(1)求められるスキル、人材
新卒採用が多いイメージの上場企業ですが、税務部門は専門性が高く、なかなか人が育たないこともあって、 中途採用はかなり行われている と思います。
税理士資格を持っていなくても、科目合格しているなどでもアピールポイントにはなるのではないでしょうか。
また社内の人間関係が重要なため、最初に述べた コミュニケーション能力、さらに英語力も必須 です。経理部が直接、海外の取引先と英語でコミュニケーションを取ることもありますし、英語で会議が行われたりもするので、英会話の能力も求められます。
管理職になるにはTOEIC何点以上などの基準もあり、社内研修も充実しているので、入社してからも英語力の研鑽は欠かせないと思います。
(2)転職で気を付けるポイントや難易度
わたしが言うのもなんですが、税理士の勉強をしている方は真面目で黙々と仕事をするような人が多い印象です。しかし 上場企業の場合、社内コミュニケーションは必須になりますので、採用面接の際はそこの部分を重視していました。
税理士資格を持っていたり、科目合格している場合、税務の知識があるというのは保証されていますし、知らない部分などは学んでいけます。
むしろ難しいのは入社してからの社内での人間関係の構築で、仕事に直結してきますので、それができるだろうなと思わせてくれる人を採用していました。
■ 「上場企業の経理部」の年収はどのくらい?
企業の場合は年収のベースがあり、税理士資格を持っているからといって資格手当などでプラスになったりすることはありませんでした。
上場企業なので、一定以上の給与は保証されており、組合などもきちんとしているので、守られている部分も多かったです。福利厚生も充実していますし、さらに休みなどもきちんと取ることができました。
■ 上場企業の経理職の年収と待遇の実態
上場企業の経理職は、企業規模や担当業務によって年収レンジが異なりますが、総じて安定的で福利厚生も充実しているのが特徴です。
新卒~20代前半:年収400万~500万円
30代中堅(主任・係長):年収600万~800万円
課長~部長クラス:年収900万円~1,200万円超
CFO(財務責任者)クラス:1,500万円以上も可能
給与のベースは年功序列型を維持する企業も多いですが、連結決算・IFRS・英語・マネジメント経験を持つ人材は、市場価値が高く転職時に年収が大きく伸びるケースも珍しくありません。
さらに、住宅補助、企業年金、財形貯蓄、退職金制度、育児支援、社員持株制度など、福利厚生も大企業ならではの厚さがあり、ワークライフバランスを重視したい人にも非常に適しています。
■ 「上場企業の経理部」の経験を活かしたその後のキャリアパスは?
上場企業の経理部を経験していると、事業の規模などから他の上場企業への転職が容易になると思います。 また英語のコミュニケーション能力も身についているので、日本企業に限らず外資系企業などへの転職も視野に入ってくるでしょう。
もちろん待遇もいいので、そのまま定年まで勤めあげる人も多いと思います。
わたしのように上場企業から独立する税理士は珍しいかもしれません。
独立する場合は個人の確定申告、相続税などは上場企業の経理部では経験のないところなので、あらためて勉強する必要があるのと、仕事をとってくる営業力なども必要になってくると思います。
■ 経理から広がるキャリアパスの選択肢
経理職は、単なる「数字の処理係」ではありません。むしろ、企業の経営判断を支える戦略的な部門であり、経験やスキルを積むことで、多彩なキャリアパスが開けます。以下では、実際の転職事例を交えながら、経理職の代表的なキャリア展開を解説します。
(1)ゼネラリスト型:経理から財務・経営企画へ、そして経営層へ
ゼネラリスト型のキャリアパスでは、経理部門での実務経験を土台にしながら、財務部門や経営企画部門へとステップアップしていく道があります。
たとえば、上場メーカーで10年間、決算業務や税務対応を担当していたAさん(30代後半)は、IFRS対応プロジェクトに参画した経験を評価され、財務企画部に異動。その後、資金繰りやIR(投資家向け情報発信)にも関与し、現在は経営企画部で中期経営計画の策定に携わっています。
このように、 経理での実績をもとに企業全体の数字をコントロールする立場へと進む人材は多く、CFO(最高財務責任者)や取締役など、経営層への登用も視野に入ります。 特に、経営に関心があり、数字と戦略を結びつける思考ができる人にとっては、非常にやりがいのあるルートです。
(2)スペシャリスト型:税務・会計・国際税務の専門性を磨く道
一方で、特定の分野に深く特化し、専門性を武器に活躍するスペシャリスト型の道もあります。特に、 国際税務や移転価格、グローバル連結決算といった高度な領域は、企業側も即戦力を求める傾向が強く、経理経験者の価値は年々高まっています。
Bさん(40代男性)は、製薬会社の経理部門で国際税務に特化してキャリアを積み、海外子会社との税務調整やAPA(事前確認制度)対応を10年以上担当。その実績が認められ、現在は外資系コンサルファームでシニアマネージャーとして働いています。
こうした道では、USCPAや税理士、公認会計士などの資格を持っていることがキャリアを後押ししますが、実務経験が何より重視されます。自分の得意領域を見極め、専門職として第一線で長く活躍したい人には最適です。
(3)独立型:税理士・会計士として起業・独立
経理職の経験を活かして、最終的に独立開業を目指す人も少なくありません。上場企業で経理実務に10年以上携わり、税理士資格を取得したCさん(40代女性)は、退職後に独立。中小企業や個人事業主向けに税務顧問・会計支援を行う事務所を運営しています。
上場企業での経験は「安心・信頼の証」としてクライアントからの信用獲得に役立ち、また、社内調整や業務管理のスキルが事務所経営にも活かされている とのこと。経理職で培った知識や視点が、独立後も大きな強みになっています。
ただし、個人向けの相続税や確定申告などは企業経理とは異なる知識が必要になるため、独立を目指す人は早い段階で実務訓練や勉強を進めておくことが重要です。
■ 経理職への転職で成功する人の特徴
経理職への転職では、その人のバックグラウンドや志向性によって成功のポイントが異なります。大きく分けて「未経験からのチャレンジ」と「経験者のキャリアアップ」の2タイプに分かれます。(1)未経験から経理職へ転職する場合
未経験から経理職を目指す場合は、 簿記2級以上の資格取得がほぼ必須であり、実務経験のあるアシスタント業務や会計事務所での短期派遣なども有利に働きます。 経理職は正確性や継続力が重視されるため、真面目で丁寧に業務に取り組める人が採用されやすい傾向にあります。
Dさん(20代女性)は、営業事務からキャリアチェンジを希望し、職業訓練で簿記2級を取得。その後、会計事務所にアルバイトとして入り、2年後にはメーカーの経理職として正社員登用されました。コツコツ努力を積み重ねる姿勢が評価された好例です。
(2)経理経験者のキャリアアップ事例
一方で、 経理経験者が転職市場で評価される際に特に重視されるのは、連結決算や開示業務、税務の実務経験 です。これに加えて、英語力(TOEIC700点以上)やERPシステム(SAP、Oracleなど)の操作経験があると、外資系企業やグローバル企業での採用にもつながります。
Eさん(30代男性)は、日系上場企業で決算短信や開示書類の作成を担当。その経験とUSCPA合格を武器に、外資系IT企業のシニアアカウンタント職へ転職。前職よりも年収は150万円アップし、完全フレックス・在宅制度など働き方の自由度も手に入れました。
■ まとめ
経理職は、「地味だけど堅実」と言われがちですが、実際には企業経営の意思決定を支える戦略部門であり、経験を積むほどに多彩なキャリアパスが開かれていきます。
ゼネラリストとして経営企画を目指すもよし、スペシャリストとして国際税務に特化するもよし。さらには独立して自分の力で勝負する道も選べます。転職・昇進・起業と、人生の選択肢を大きく広げられるのが経理という仕事のやりがいです。
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- 執筆者プロフィール
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山中 宏(やまなか ひろし)
税理士1995年中小企業診断士取得、2014年税理士登録、2020年ウェブ解析士取得。2021年6月山中宏税理士・中小企業診断士事務所開業。
会計事務所、大手自動車メーカー他実務経験が豊富。管理職経験が長く会社間や人とのコミュニケーション能力が高い。
現在では税理士として決算、税務相談、確定申告を行うだけでなく、中小企業診断士・ウェブ解析士として実地のコンサルティング、ウェブ集客・SNS集客を通して売上拡大、集客拡大の支援を行う。