■監査についていけない?あなたはどのパターンにあてはまる?
(1)試験勉強と実務のギャップに苦しむ
会計士試験を突破したものの、全員が監査法人での仕事に適性があるとは限りません。監査法人に入り現場に出てみると、試験勉強とは全く違う世界が広がっていることに気づくと思います。
会計士試験は全ての問題に前提条件が用意され、回答を考えるシンプルな作業ですが、実務では「そもそも何が問題なのか」を発見し、「どのような会計処理が正解なのか」を考え、「クライアントにその正解を伝えて納得してもらう」というように、作業プロセスが一気に増えます。
それだけではなく新人として任される多くの雑務にも対応していく必要があります。
試験勉強で身につけた会計や監査の知識だけでは足らず、能動的に動いて仕事をするスタンス等も求められ、ギャップに悩む人もいるかもしれません。
(2)クライントやチームメンバーとのコミュニケーションが苦手
新人として、与えられた仕事を一人でこなしているうちはよいのですが、2年目に入り後輩ができたり、シニアスタッフやマネージャーなどの立場になったときにコミュニケーションに悩む場合があるように思います。
クライアントやチームメンバーとの調整など、様々なパターンのコミュニケーション能力が問われますので、大変だと感じる方も多いのではないでしょうか。
(3)叱ってくれる上司と出会っていないため、知識・経験が足りない
監査法人ではクライアントごとにチームアップして仕事をします。わたしの在籍していた監査法人では、新人はその人が所属しているチームの中で、一番大きなクライアントのチームにいる先輩や上司が、その新人を一人前になるまで育てる、というような暗黙の了解があります。
一年を通じて頻繁に顔を合わせて仕事をするので、そのチームの先輩や上司と関係性を深め、いろいろ指導を受ける形になるからです。
監査法人には穏やかな人が多いため、業務でミスした場合でもフォローしてくれる一方で、細かい部分まで指導をしたり、仕事のクオリティが低かった場合に厳しく指摘をするようなタイプの上司は少ないかもしれません。その状況に甘え、皆と同じようになんとなく業務をこなしていると、本質的な部分を理解することなく、年次だけを重ねてしまうような事態になりかねません。
このようなことにならないよう、先輩や上司に積極的に指導を仰ぐ姿勢も必要になります。
わたしの場合は、ある上司がクライアントとのコミュニケーションの取り方、チームでの仕事の進め方など、監査以外の部分まで厳しく指導をしてくれた上で、わたしの作った監査調書に膨大なダメ出しをしてくれました。
そこで多くのことを学び、大変感謝していますし、現在のわたしの仕事の仕方は全てその人に教わったことがベースになっているといっても過言ではありません。
コロナ禍に入社した方はリモートワークが中心で、そもそも先輩や上司に気軽に質問できない、周りがどのように仕事をしているのか学ぶ機会が圧倒的に少ない、などの問題も起きていると思います。
■監査がつらい、ついていけないと感じた際の対処法
「頑張って勉強して試験を突破し、監査法人に入ったにも関わらず、会計士として成長できないまま辞める」というのが、最も避けるべきパターンではないでしょうか。
もし今、監査法人を辞めたいなと思っている方は、「最低限、これだけはやっておけば監査法人での数年間を無駄にはしなかった」と思えるラインを自分の中で持って仕事をすることで、精神的に楽になると思います。
その上で、わたしが実際に監査法人を辞めてから、「これは監査法人で仕事をしたからこそ、身についたスキルだな」「ファーストキャリアが監査法人で良かった」と感じた点をお伝えします。内容は、“外に出ても中に残っても絶対に役立つ、(会計士ではなく)ビジネスマンとしてのスキル”を監査法人での仕事を通じてどう身につけるかとなっています。
その内容をもとにもう少し現在の監査業務を頑張り、続けようと思えたとしたら続ければいいですし、そのまま身につけたスキルをもとに違う職種を選ぶのも悪いことではないと思います。
(1)監査調書の更新作業だけではなく+αをするところまでが「仕事」だと理解する
新人の場合、チームの先輩が前回作った監査調書を更新するところから仕事が始まると思いますが、やりがちなのは数字と分析コメントの更新だけで終わらせることです。
それはただの事務作業なので、高い給与を払っている会計士にやってもらう必要はなく、最近では監査法人に定着しているアシスタント職の方にやってもらう方が組織としてベターです。
なにか一つでよいので「+α」できないかを考えるべきでしょう。仕事とはそうやって自分なりに付加価値を提供するものだという考え方を身につけ自然にできるようになると、あとで楽になります。
付加価値というのは、本当に些細なことでいいのです。例えば、下記の通りです。
- 監査調書作成の過程で使ったデータを一覧で記載しておいて、次回更新するときにどのデータを集めればよいのかすぐに分かるようにしておく
- クライアントのどの人にどの資料を依頼すればいいのかを記載しておく
- 他のチームと監査調書の作りが異なる場合、そちらで良いと思った要素を取り入れてみる(急に作りを変えるとレビューする人が困惑する可能性があるので、事前にアイデアベースで相談してからにしましょう)
最初から高度なことをする必要はなく、「単なる更新作業で終わらせない」という姿勢で監査調書を作成することが大事です。
(2)上司が仕事しやすい環境を用意する
一般的な企業では上司と部下のメンバー構成が固定化されていることがほとんどです。
しかし監査法人ではクライアント毎にチームが組成され、違う上司、違う部下と仕事をすることになるので、「様々なタイプの人と仕事をする」という貴重な経験を積める場所です。
それを認識した上で、上司が欲しがる情報や報告/相談の仕方を分析し、どうやったら上司が仕事を進めやすいのかを考えて、お膳立てするようにしましょう。
わたしはパートナーやマネージャーにクライアントの状況を報告するときに、下記のように相手によって変えていました。資料のまとめ方も180度変えます。
- まず全体感から伝える(EX.今期は増収増益です)
- 気にしているポイントから伝える(EX.前回議論になった新しい取引の会計処理はこういう方向性で進めようと思っています)
スタッフのときは「とりあえず情報を伝える」、「とりあえず分からない点を相談する」ということに必死になってしまいがちです。せっかく複数の上司と仕事をする機会があるので、相手によって自分のスタイルを変えていく柔軟性を身につけるといいでしょう。
(3)「部下への指示+確認+指摘+再確認」までを期日に終わらせて上に報告する
独立して個人で仕事する人を除き、組織で働き続ける限り、部下を動かしながら仕事を進めるスキルは必ず求められます。そして部下にミスがあった場合でも、それは自分の管理ができていないということなので、部下のせいではありません。
抽象的な指示や、ギリギリでの期限設定、確認漏れ等、自分のミスです。わたしもスタッフ時代、初めて部下ができた際にはこれがうまくできずに苦労しました。
- どこまで詳細な指示を出すか
- 確認&指摘&再確認をどういうスケジュールで進めるか
これらは部下の性格や能力によって微調整する必要がありますが、「様々なタイプの部下を持って反復練習できる環境」が監査法人にはあります。
仕事は段取りで大体7〜8割は勝負が決まるので、部下が担当になった科目の監査手続を、「自分も責任を持って完了させ、余裕を持って上司にレビューしてもらう」ためにはどう進めればよいか、自分の関与する全てのチームで試行錯誤し続けましょう。
以上、1〜3では会計・監査に関することは触れていません。
監査法人で仕事をしていればそのあたりの知識は最低限身につきます。転職した際に求められる会計・監査の知識は職場により千差万別なので、転職したあとに必要なことを勉強すれば十分です。
基礎的な知識は会計士試験で体系的に学んでいるはずなので、すぐにキャッチアップできますし、本を読んで勉強すれば大丈夫です。それよりも仕事をしていくうえで本質的に重要な考え方やスキルを身につけることに時間を使うべきだと考えています。
■わたしの場合
入所1年目の時点で、自分より圧倒的に優秀(会計、監査の知識が豊富、仕事が早くてミスや漏れがない)な上司や同期を見て、「自分の能力値ではこの人たちみたいには一生なれないな」と感じていました。
そのため、新しい知識を身につけるときに下記のどちらに該当するかを必ず意識するようにしました。
- ① 監査法人で仕事するときに必要な知識…ex.監査基準や社内の監査手続実施時のルール、その他諸々の社内ルール
- ② 監査法人以外でも使える知識…ex.会計基準や会計に関する考え方、社内外とのコミュニケーションの取り方、プロジェクトマネジメント能力
そして、②に該当するほうを優先的に学ぶようにしていました。
いつか監査法人を離れて外で仕事するときに、①しか持っていないと戦えないと考えていたためです。
そうすることで監査法人での日々の仕事は無駄になりませんし、②も監査法人で仕事する上で当然役に立つものなので、パフォーマンスも上がっていきます。
結果として、この時に学んだことは今の仕事の上でも非常に役に立っています。
■転職する場合の選択肢
自分が納得できる知識や経験を監査法人で身につけることができたうえで、やはり監査法人以外の道に進みたいと思う方もいらっしゃると思います。
その場合の選択肢ですが、以下のような可能性が考えられます。
(1)事業会社の経理部門への転職
わたしの周りでも多い転職先です。会計の知識を活かすことができ、大手企業は福利厚生なども充実しているため、ワークライフバランスを重視した働き方がしたい人にはよい転職先ではないでしょうか。
また、会計士の知識や経験を活かして内部監査部門への異動も可能性があります。
(2)未上場企業の管理部門やCFOへの転職
新しいことにチャレンジしたい場合は、スタートアップ企業が選択肢に入ると思います。
会計の知識が必要というよりは、今までの仕事で身につけたものをもとに、いちメンバーとしてその会社を作り上げていくような経験になります。
わたしはこのパターンでしたが、監査法人での仕事の仕方とは大きく異なり、会計監査以外の業務領域が多いため、ゼロからスタートするスタンスが必要になります。
「せっかく会計士になったのにこんな業務まで対応しないといけないのか」と考えてしまうと挫折するので、会計士という資格にこだわりを持っている方にはお勧めしません。
(3)個人で独立する
独立を考えている人は、最初からそのつもりで仕事をしている方が多いように思うので、今回のコラムの趣旨には当てはまらないかもしれません。独立後に税理士法人などは経ずに、すぐに個人で事務所を開設する方もいらっしゃいます。
(4)中小の監査法人への転職
クライアントの規模などはどうしても小さくなってしまいますが、自由度の高さを求めて中小の監査法人へ移る方もいます。最近ではIPO準備企業を扱う中小監査法人が増えているので、IPO関連の経験を積みやすくなっています。
■まとめ
監査法人は忙しく、プレッシャーも強い職場なため、働くことが辛いと感じることもあると思います。
まずは最低でも4~5年は働いてみて、監査の知識や経験を身につけましょう。監査法人でしか得ることのできない経験があると自覚し、そのうえでビジネスマンとしてのスキルを磨いて、自分が納得できる道に進んでいただければ幸いです。