この記事では会計士資格を持ち、上場企業の管理会計部門での勤務経験を持つ方に、会計士目線での業務内容や仕事のやりがいを語っていただきました。まだ管理会計業務の経験がある会計士の少ない日本で、他者との差別化を図りたい方は、ぜひ参考にされてください。
■必要とされる志向性(どんな人に向いているか?)
会計士の中でも、数字やルールよりも人や経営に興味がある人が向いています。
管理会計の業務では、事業部門の方を中心に多くの人との会話や交渉が不可欠です。監査法人の業務でいえば、例えば内部統制のヒアリングが得意といった、人の話を聞き出すのが得意とか、少なくとも苦ではない人にはおすすめです。また経営者インタビューが楽しいという方も、経営に関する情報や経営者と直に接する機会の多い管理会計部門はやりがいを感じやすいと思います。
監査業務と大きく異なるのは、管理会計には拠りどころとなるルールがない点です。曖昧なのは苦手、白黒はっきりつけたいという方には、少し難しいかもしれません。逆に会計の細かく形式的な側面に嫌気がさした方には、うってつけといえるでしょう。つまり管理会計部門には、柔軟に物事をとらえ、臨機応変に対応する姿勢が求められます。
■「上場企業(大手企業)管理会計部門」の業務内容
(1)予算編成(年1回)と予測作成(年4回)
管理会計部門のメイン業務です。年度の後半3~6カ月程度かけて翌年の予算を作成します。上場会社の場合には、予算に加えて、四半期ごとに1カ月月程度かけて予測(呼び方は多様、見込やフォーキャストなどとも呼ばれる)も作ります。
監査法人の業務では予算や予測を目にする機会は少ないものの、会社経営はこの2つを重視しており、経営者にとっては極めて重要な情報です。会計士にとって、はじめは未経験ゆえ難易度が高いものの、事業会社の中に入ってはじめて経験できる、挑戦しがいがある業務といえます。
(2)月次決算(毎月)
毎月、経理部門と一緒に月次決算を確定させ、結果を分析します。管理会計部門では、伝票を起票することは少ないです。代わりに、経営陣向けの報告用資料に載せる予算実績比較や予測実績比較などの情報を分析し、まとめるのが業務の中心となります。
実績との比較なので、そのベースにある制度会計の知識を活用できる場面も少なくありません。例えば、四半期決算までに確認しておくべき会計処理の論点などに気がつくなど、自分の会計士の知識・経験の活かしどころです。
(3)予算統制・予算管理(日常)
上記1.2のような定例イベントが年間の3分の2を占め、残りの3分の1の時間は、業績改善のための活動に充てます。
例えば、業績見込みが思わしくない場合には、売上向上策やコスト削減策などを、シミュレーションなど定量面から分析しながら関係部門と協議・交渉します。また、事業部門内で予算管理がうまくできていない場合には、ヒアリングしながら仕組みづくりを一緒に行います。
さらに、同業他社と比較するなど分析を通じて、全社・数字の目線から改善機会点を探す活動も。その中で部門別PLやKPIなど管理会計の手法を駆使することも多いです。
(4)わたしの場合
マクドナルド時代は予算管理を担うチームでリーダーでした。前述のとおり、制度会計を担う経理チームと連携しながら、予算や予測を作成し、予算のコントロールを行っていました。
ただし、月次で予測を作成していたため、毎月、月次決算と予測作成に追われて忙しかった印象です。また、キャンペーンなどを行う場合の財務シミュレーションを緊急で頼まれることもしばしば。
ディズニーに移ってからは、ファイナンス部門マネージャーとして、管理会計と経営企画を並行して担いました。業務範囲は広がったものの、会社の規模が以前よりも小さくなったので、それほど負担は大きくなかったのを記憶しています。戦略などの定性面と予算などの定量面を一気通貫で見られたことは、会計から経営に視野を広げるのに、大きく役に立ちました。
どちらの会社にも共通するのは、経営者が意思決定において管理会計を重視し、それを担う管理会計部門が社内でプレゼンスを持っていることです。外資系にはよく見られることで、事業部門の協力も得られやすく、その結果仕事の成果が出やすい土壌だったと感じます。
■「上場企業(大手企業)管理会計部門」での業務のやりがいやメリットは?
自分の業務で会社の業績を変えられるというのは、やりがいがとても大きいです。会計監査は過去を対象に数字の裏付けをとる役割ですので、180度違う仕事といえます。
事業部門との関係においても、自分の動き次第で感謝されることも多いです。例えば、問題点に早期に気がついたり、自分が業績改善のための有益な提言ができたり、事業部門の方と協働したりと、貢献できる機会は無限にあります。経理部門と比べても、感謝される機会はもしかしたら多いかもしれません。それは、ルールやかたちがはっきりしていない分、本人のやり方次第で成果が上がりやすいためでしょう。
はじめのうちは、会社の全体像を理解しつつ会社の業績を身近に感じられるよう、会社の規模は大きすぎない方がいいかもしれません。例えば、中程度の規模の会社か、大きな会社でも事業部門ごとに専属の管理会計担当者を置く方式の会社を選ぶのもおすすめです。
■「上場企業(大手企業)管理会計部門」の採用ニーズ
(1)求められるスキル、人材
この仕事に求められることが最も多いのは、管理会計業務の経験です。
しかし、この経験がある人材は日本では少ないことから、未経験者を採用することも多いのが実態です。そこで代わりに求められるのが、経理や事業部側での数値管理など、近い経験やスキルです。会計士資格や監査法人の経験も、この経理部門の経験に類するものとしてみなされることが多いようです。
(2)採用されるポイント
前述のとおり、会計士資格は経理経験と同水準と評価されるため、管理会計部門の場合には会計士資格がとても有利になるとは期待しない方がよいでしょう。この点は、同じ事業会社に移るにしても、経理部門の場合に会計士資格は有利に働くことが多いのと、対照的です。
それでも資格や経験を有利に使いたいなら、会計士資格や監査経験を全般的に重んじる外資系企業の管理会計部門(ファイナンス)を狙うのも手です。一度管理会計の経験をしてしまえば、その後のキャリアが広がります。
(3)転職で気を付けるポイントや難易度
すでに述べたとおり、人とのやりとりが多い仕事のため、事業会社経験がない場合には、社内の仕組みや文化の理解不足を懸念されることも多いようです。対策として、例えばフットワークの軽さや人間関係を構築した経験に関するエピソードを複数用意するのもいいでしょう。
また管理会計実務では、エクセルを非常によく使います。そこで、自ら学習してエクセルスキルを一定程度身につけておくのもおすすめです。
これらのことは、裏を返すと会計士資格や監査経験があっても、経理部門への転職に比べると難易度が高く、何かカバーする材料が必要ということを意味します。業務の内容や特性を理解したうえで、自分の強みを伝えられるよう創意工夫すべきでしょう。
■「上場企業(大手企業)管理会計部門」の年収はどのくらい?
管理会計部門での年収は、かなりばらつきが大きいのが実状です。会計士の場合も、前述のとおり、資格や経験による優遇があまり期待できないことから、良くて監査法人と同じ水準、ダウンすることも十分ありえます。
しかし、管理会計が分かる人材が日本では多くない現状を考えると、数年間経験を積めば、その後に管理会計経験のある会計士として年収を上げることは十分可能だと思います。ご自身で一時期と生涯の年収の両方を考慮して判断するといいと思います。
■「上場企業(大手企業)管理会計部門」の経験を活かしたその後のキャリアパスは?
3~5年間程度、管理会計の経験を積むことができれば、市場からは「管理会計がわかる人材」とみなされます。この期間に、部門別PLの運用開始など何か新たな仕組みづくりなどにも関わることができれば、さらに高い評価も期待できます。
その後は、管理会計部門でそのままキャリアを重ねステップアップするのはもちろんいいと思います。また、経理部門に移って管理会計を後方支援するのも、資格と経験がフルに生きてやりがいと評価の両面につながりやすいはずです。
とくに最近は、経理経験しかない人材はCFOになるのが難しくなってきているので、管理会計経験はCFOへの近道かもしれません。
また、事業会社を経て、会計士として独立するのもいいでしょう。管理会計実務がわかる会計士は非常に少ないため、積んだ経験は会計士の世界での差別化につながります。
事業会社内でも会計士業界でも、制度会計の知識をもつ人材はあふれ、高いレベルが求められます。まだまだブルーオーシャンの管理会計をフィールドに選んで、これまで培った制度会計の知識と掛け合わせて独自性を出すことは、今後のキャリアを大きく広げてくれると思います。