この記事では、大手監査法人のパブリック部門での勤務経験を持つ会計士の方に、一般的な事業会社を担当する部門とは異なる「業務内容」や「仕事の魅力、やりがい」「その後のキャリアステップ」などについてご執筆いただきました。
■必要とされる志向性(どんな人に向いているか?)
通常、会社法や金商法に基づいて監査を必要とする一般事業会社の場合、一定規模以上の企業であることから、社内の経理部門が充実しており、専任の経理担当者が所在しているケースが多いかと思います。
一方、パブリック部門の主な監査クライアント、例えば公益法人や社会福祉法人、学校法人、独立行政法人(国立大学法人含む)などは、3年ほどの周期で部署異動があるために、ベテランの経理担当者が不在であったり、経理部門が独立しておらず、事務局という形で経理から総務・人事等のすべての業務を少人数で回しているケースが多いです。
そのため、監査人として指導・助言機能を最大限発揮しつつ、経理業務に不慣れな担当者に根気強く寄り添うことができる人が向いています。
独立性の確保とのバランスが非常に重要となりますが、担当者からの日々の質問への対応をいとわず、経理業務・決算業務で困っているクライアントの役に立てることに充足感を感じられる人であれば、おすすめです。
■「大手監査法人のパブリック部門」の業務内容
(1)会社法・金商法監査
パブリック部門とはいえ、一般事業会社の監査と同等の監査を一切経験できないということはありません。
民営化した公的組織の監査や公的金融機関の監査などは、会社法・金商法に基づく監査対応であり、一般的な会計基準や監査基準に触れることができます。
(2)パブリック部門特有の法定監査
パブリック部門の主な監査クライアント、例えば公益法人や社会福祉法人、学校法人、独立行政法人(国立大学法人含む)などは、「非営利法人会計基準」「社会福祉法人会計基準」「学校法人会計基準」「独立行政法人会計基準」といったように、それぞれの法人形態に応じて会計基準が定められています。
監査業務の実施にあたり、ベースとなる監査基準は一般事業会社の監査と同じで、四半期レビューを除けば年間の監査ルーティンに大差はありません。しかし、企業会計では見られない特殊な会計処理や財務書類も存在します。自分の担当となったクライアントの法人形態に応じた会計基準について追加的に見識を深め、理解しておく必要があります。
(3)法改正や制度改革時のアドバイザリー業務、移行支援業務
パブリック部門のクライアントは、法改正や制度改革によって、往々にしてその組織形態を強制的に変更しなければならないときがあります。
例えば、公団の民営化(公団⇒株式会社へ)、公益法人制度改革(一般法人or公益法人への選択移行)、社会福祉法人制度改革(会計監査人の導入、財務諸表の公表等に関する規定の整備)など、法人の運営が抜本的に変化する際に、法改正後の新基準に基づいた会計処理に関するアドバイザリー業務や、内部統制の構築支援を含む移行支援業務などを継続的に展開します。
(4)経理担当者向け勉強会、セミナーの実施
前述のとおり、パブリック部門のクライアントは経理経験豊富な担当者が充実していることが少なく、また法改正や制度改革によって会計処理が大きく変わることがあります。そのため、各法人形態に応じた会計基準に関する最新の情報提供と啓蒙を目的として、特定のクライアントに対して毎期、経理担当者向けの勉強会やパブリック部門特有の法定監査に関するセミナーを実施しています。
(5)わたしの場合
パブリック部門在籍時、わたしは主に民営化して株式会社となった旧道路公団の監査、道路や自動車に関連する複数の公益法人の監査、複数の学校法人の監査を担当していました。パブリック部門の中でも主担当となっているクライアントの法人形態ごとになんとなくのカラーがあり、部署とまでは言いませんが、いわゆる”道路チーム”、”学校法人チーム”といわれるメンバーとして仕事をしておりました。
クライアントの法人形態ごとに特有の会計知識が必要となるため、「まずは自分で調べて一から百まで全部やってみろ!」というスタンスで仕事を任されることが多く、同僚に聞いても誰もわからない、ということもしばしば。そのかわり、やりきったときにはその道の(その法人形態の)第一人者になれます。
結果として、いわゆる監査業務のほか、公益法人の組織改革支援、学校法人のM&A、健康保険組合の会計制度及び計算書類に対する保証業務の概要研修講師などの特殊な業務も担当し、会計士としての年次の割には多様な経験を積むことができ、監査人としての底力が身についたように思います。
■「大手監査法人のパブリック部門」での業務のやりがいやメリットは?
先述のとおり、経理業務に不慣れな担当者と二人三脚で監査業務をすすめていくことが多く、頼りにされることに強いやりがいを感じられると思います。手前味噌ではありますが、「髙梨さんが主査だから契約を更新する」とおっしゃってくださった公益法人もありました。
また常に最新情報に溢れていて、監査法人内部においてたとえ受け身の姿勢でも情報が入手できる一般的な企業会計の知識と異なり、パブリック部門特有の会計知識については自分で積極的に情報を取りにいく必要があります。この点は非常に大変ですが、情報の集め方・調べ方を学ぶことができ、単純に見識が深まることの他、情報収集能力が身につくというメリットがあります。
さらに監査法人内部における審査では、審査担当者もパブリック部門特有の会計知識を持った会計士である必要があるため、なにか問題があるとすぐに本部審査案件に上程されてしまうという大変な面がある一方、審査対応を経験する中で、物怖じしない胆力が身につきます。特殊な業務に関しては、時には自分のほうが詳しくなっていることもあり、私からの質問をきっかけに、監査法人内の審査規程が改訂されたこともありました。
大多数の構成員の1人ではなく、1人の会計専門家として充実感を得られる部門だと思います。
■「大手監査法人のパブリック部門」の採用ニーズ
(1)求められるスキル、人材
パブリック部門特有の会計知識については、あらかじめ有している必要はないと思います。一般事業会社の監査で培った知識をベースに、担当クライアントが決まってから勉強すれば足りると思いますが、とにかく自分で積極的に情報を取りにいく必要があります。
また業務に関しても、大会社の監査業務のような分業体制というより、業務そのものを丸ごと任されることのほうが多いので、何事も“1人で最後までやりきる力”が必要だと思います。何よりも、受け身の姿勢ではなく、全般的に積極的な姿勢の人材が求められる部門です。
(2)採用されるポイント
興味がある法人形態や背後にある監督官庁について、まずは具体的にアピールすることが望ましいと思います。たとえば、学校法人(文科省)に興味がある、医療法人(厚労省)に興味がある、など。
数ある一般事業会社と異なり、ある程度クライアントが限られているため、具体名を出したほうが採用されやすく、採用する側も採用後のアサインを想定して選びやすい、と考えます。
特に「なぜ一般事業会社の監査ではダメなのか」を問われることが多いように見受けられますので、パブリック部門でどのようなクライアント・業務に関与することが希望なのか、興味があるのか、明確に答えられる理由が何か1つあると、採用されやすいと思います。1人の会計専門家として、積極的な関与姿勢を持ち合わせていることを面接時にアピールする必要があると思います。
■「大手監査法人のパブリック部門」の年収はどのくらい?
部門や担当クライアントによっての年収差はなく、他の部門と同様だと思います。
■「大手監査法人のパブリック部門」の経験を活かしたその後のキャリアパスは?
キャリアパスとしては、担当クライアントに関連する関係省庁への出向(場合によってはそのまま登用)や、公益法人や学校法人の監事に就任する道が考えられます。
また独立開業した場合には、パブリック部門在籍時の人脈を通じて、公益法人や社会福祉法人、医療法人などの会計監査人に個人で就任する、または会計顧問として契約をする、といった道が考えられます。
ちなみに他のBig4の同じポジションに転職することも可能です。その際にパブリック部門ではなく一般事業会社の監査部門に配属されることとなっても、一般事業会社の監査に必要な知識は、パブリック部門においても当然持ち合わせていなければならない知識であり、会計士としての知識の幅はむしろ広がっているので、重用されると思われます。ただし、大手監査法人はどこもパートナーへの昇進が厳しくなってきている昨今、他の監査法人からの移籍者は、パートナーへの昇進に関しては一層困難なものになるであろうと想像されます。
最後に一般企業に転職するケースですが、この点だけはいわゆる通常の監査部門出身者よりハードルが高いかもしれません。パブリック部門出身者は、月次決算や四半期決算のある大企業の経理職ではなく、1人で業務を回せる人材として、中小規模の会社の経理業務を一手に担う、といった働き方が向いていると考えます。