石田さんは、シンガポール及びロンドンにおける10年間の海外駐在を含む25年間の監査法人での仕事を経て、1985年に事業会社である日本マクドナルド株式会社にCFOとして転籍、セガサミーホールディングス株式会社のCFOを経て、2022年までカルビーの監査役を務めたキャリアをお持ちです。公認会計士としての経験を生かし、約11年に渡り上場企業の監査役を務めた石田正さんにお話を伺いしました。
日本の公認会計士は制度的違いもあり、欧米の会計士と比較して会計監査に従事する公認会計士が圧倒的に多いのが現状です。「組織内会計士」と呼ばれ、事業会社で活躍する会計士はまだまだ主流ではありません。
「会計士は会計の世界にしかいない」という状況から日本の会計士を解き放ち、職域を多様化させ、会計士の活躍の場を増やしていくことの一助になればと思い、この記事をお送りします。特に若い会計士の皆さんにとって「この世界は自分の力を発揮する“大きなマーケット”が待っている」という石田さんの声をお届けできれば幸いです。
■「上場企業 常勤監査役」就任までの経緯
2011年から11年間、カルビーの監査役(内6年間は常勤監査役)を務めた経緯については、まずわたしが監査法人から事業会社にうつった理由をお話しなくてはなりません。
わたしは25年間、公認会計士としてアーサーヤング会計事務所(現アーンスト・アンド・ヤング:EY)および朝日監査法人(現:あずさ監査法人)において、日本および米国基準の会計監査業務に従事していました。
日本マクドナルドのCFOのお話をいただいたのは、1995年にロンドン駐在の任期が終わり、出向元である朝日監査法人の国際事業本部に帰任することが決まっていた時です。以前からお世話になっていたEYの吉野さんというパートナーから「日本マクドナルドがあなたのような人材を探している」とお話をいただきました。
当時、わたしは52歳。60歳が定年と考えられていた時代に、このまま監査法人で仕事を続けていてもよいのだろうかと悩んでいた時期でもありました。東京に戻っても向こう10年間の自分の進むレールが敷かれてしまっていたからです。
会計監査で取り扱う数字は、あくまでもクライアントが作成したもので、公認会計士はそれを後から確認するという仕事です。いつか自分も違う景色を見てみたい、いずれ事業会社で生きた数字に触れてみたい想いは以前からありました。
また当時の日本マクドナルドの社長だった藤田田さんともEY入所以来、監査人として懇意にさせていただいておりましたし、親会社であるアメリカのマクドナルド・コーポレーションにも会計士時代からの知り合いが数多くいました。これらのことが吉野さんからのお話を引き受ける理由になったと思います。
それまでも似たようなお話をいただいたことはあったのですが、タイミングが合わずお受けしていませんでした。日本マクドナルドの場合は人生のターニングポイントのようなタイミングでたまたま条件が合ったため、事業会社に転籍することになったのです(理由の大部分は後付けです)。
こうして日本マクドナルドでは9年間、セガサミーホールディングスでは5年間、CFOとして仕事をさせていただきました。セガサミーの役職定年が決まっていたころ、知人を通してカルビーが上場を準備しており、監査体制を強化するための外部人材が欲しいということで、わたしに声がかかったようです。結果として11年間カルビーの監査役を続けることになりました。
■「上場企業 常勤監査役」での業務内容および、やりがい
2011年、わたしは社外役員としてカルビーの常勤監査役に就任したのですが、当時は珍しいことでした。この時代、常勤監査役というのは経理部門で長年、担当役員などを勤めていた人が就任するようなポジションだったからです。
今でも覚えている印象的な出来事としては、就任の際に当時のカルビーの会長・CEOだった松本晃さんから「監査役だからといって、黙っていてもらっては困ります。取締役会や経営会議などでは積極的に意見を言い、取締役の意思決定を批判・牽制してください」と言われたことです。
ジョンソン・エンド・ジョンソン・ジャパンのCEOなどを務め、経営のプロとして創業家からカルビーのトップを引き継いだ松本さんは、それまでのやり方を一新して、取締役会も根回しをさせず、当日、現場でどんどん質問が飛ぶようなやり方に変えました。事前に経理財務部、総務部などからレクチャーを受けて、当日は承認を得るだけのことが多い日本の企業とは全く違う、緊張感のある取締役会でした。
株主総会でも出席株主に「どんどん質問してください、質問がある限り総会は終わりにしません」というような、とにかく型破りで面白い人でした。
わたしは11年間の監査役在任中、常勤監査役としての5年間が緊張感もあり、面白かったです。時間的制約のある非常勤監査役では業務の遂行にどうしても限界があります。監査対象を親会社単体から関係会社全体に拡げ、グループのコーポレートガバナンスが機能しているか、リスクマネージメントの観点から検証していくことが基本的な発想でした。
当然、それは監査役一人ではできません。内部監査室との関係を如何に強化するかが必要になります。経営会議などで業務執行役員に「グループ全体を見ることができるチャンスです。若くて優秀な人材を内部監査に入れ、経験させましょう。彼らにとってキャリアパスにもなります。」と提案もしました。
監査役監査、内部監査、会計監査という目的の違った機能を一つの方向むけていくのは興味ある仕事です。こういったネットワークを構築し、運用に参画する作業は非常勤監査役ではできない、やりがいのあることでした。
■上場企業の社外役員のニーズ
(1)監査役に求められるスキル、人材
公認会計士は地頭のよい優秀な人が多いですが、あくまで会計監査人という立場のままで企業が作った過去の数字を通して取引を検証していきます。
企業取引の実態が何なのか、それは事業の現場にかかわって初めてわかるものです。わたしは経理・財務部門の単なるスタッフとして事業会社にうつることはあまりおすすめしません。少なくともCFO予備軍として転職していただきたいです。なぜなら、スタッフとして入ったとしても経営全体に関わるような仕事ができるかどうかは不明だからです。
みなさんがいずれ社外役員として取締役や監査役になり、事業会社で仕事をしたいと思っているのでしたら、まずは監査法人で少なくともマネージャーを目指し、企業全体を見渡せるような仕事をこなしてほしいのです。そして、パートナーになり、様々な会社のマネージメントの皆さんと一緒に仕事をし、その環境でもまれながら経営判断力を養っていくのです(多くの企業のマネージメントと関わり合いが持てること。これは監査法人に勤務する会計士の特権です)。
そこまでの経験と知識を得たうえで事業会社にうつり、社外役員として仕事をしても決して遅くはありません。そして事業会社にうつった後は、1年でも2年でも現場を経験することをおすすめします。工場や営業等企業の最前線で現場の仕事を経験し、生きた取引に触れることで、はじめてマネージメントとして全体を見渡すことができるようになるからです。
わたしは日本マクドナルドで、いきなりCFOとして仕事を始めてしまったので、現場の感覚をキャッチアップするのに大変苦労しました。事業会社が、実際にどのようにして資金を調達し、原材料を仕入れ、製造し、在庫を保有し、販売し、お金を回収するまでの仕組み(Product Life Sycle Management : PLM)を知らなければ、生きた企業活動を理解し、マネージすることはできません。
(2)将来、事業会社に転職し、マネージメントとして経営に参画することを目指しているみなさんへ
企業経営の緊張感と面白さ、それは経験してみないとわかりません。将来、事業会社で働くことを目標としている限り、マネージメントの一員になることを目指すべきです。会計士である以上CFO(最高財務責任者)になってほしいのです。CEOも夢ではありません(欧米の企業では会計士出身のCEOが多くいます)。
公認会計士の資格は必要条件かもしれませんが、なによりも企業人としての覚悟と常識を兼ね備えた人物であることが重要です。また社内外に様々なネットワークを持ち、企業社会で信頼されるような人でなくてはなりません。そうすれば、あなたは事業会社から引く手あまたで迎えられることになります。
■おわりに
それでは将来のCFOもしくは監査役を目指す皆さんに今から何を準備しておけばよいか、5つのリテラシーをリストアップしておきます。
①投資知識(Financial Literacy)
②国際コミュニケーション能力(International Literacy)
③情報通信技術知識(ICT Literacy)
④会計知識(Accounting Literacy)
⑤税務知識(Tax Literacy)
これからの日本企業は海外取引の比重がますます高くなります。海外の競合と渡り合い、そこで力を発揮する日本のビジネスパーソンにとってこれらのリテラシーは必須と言えます。これらを一気にキャッチアップせよといっているのではありません。計画的かつ継続的に勉強していって欲しのです。実践的題材は皆さんの周辺にいくらでも転がっています。
これらのリテラシーについて詳しくお知りになりたい諸君には、多少、宣伝になってしまいますが、2021年11月に近藤章さん(元JBIC総裁)と一緒に「人生100年時代を生き抜く5リテラシー:生産性出版」を発刊しましたので、ぜひお手元に置いてお読みください。
みなさんの将来の選択肢は無限に広がっているといっても過言ではありません。何年かのちに事業会社で活躍なさっている公認会計士が一人でも多くおられることを祈念してわたしのお話の締めくくりとさせていただきます。