これまで、コーポレートガバナンス体制の維持・強化を行うことは、企業価値を維持するという目的を達成するための手段であることは従来から、このシリーズで説明していることとなります。今回は内部通報制度について説明を行いたいと思います。
多くの人にとっては、内部通報制度の構築がなぜ企業価値を維持することにつながるのか、すぐに結び付きにくいかと思います。今回はその辺りを含め、説明を行っていきたいと思います。
【コーポレート・ガバナンス 頻出用語解説 ⑤】
内部通報制度、内部告発の違いとは?
これまで、コーポレートガバナンス体制の維持・強化を行うことは、企業価値を維持するという目的を達成するための手段であることは従来から、このシリーズで説明していることとなります。今回は内部通報制度について説明を行いたいと思います。
多くの人にとっては、内部通報制度の構築がなぜ企業価値を維持することにつながるのか、すぐに結び付きにくいかと思います。今回はその辺りを含め、説明を行っていきたいと思います。
内部通報制度とは、組織内の不正行為に関する通報・相談を受け付け、調査・是正する企業内部で設けられる社内の制度のことを言います。企業が企業内部で発生している不正を早期に発見して、企業と従業員を守ることを目的とします。
これは、組織内の法令違反等、不正行為が発生し、放置され続ければ、発覚したとき、取引先や消費者からの信用を失って経営が悪化し、最悪の場合、経営者や従業員は職や地位を失うというリスクを事前に回避するために社内設ける制度になります。
内部通報と似ているものとして「内部告発」がありますが、内部告発は、内部通報と比べて通報先が異なっています。
両方とも通報者が、法令違反、規則違反、不正行為等を匿名または実名で相談・通報することは同じです。しかしながら、内部通報が、「企業の内部」に通報する制度であるのに対して、内部告発は「企業の外部」に告発するという点で異なります。
通報者からすると、情報の提供先がどこであるかという点のみの違いです。一方で訴えられる組織にとっては、通報があったことを認識するタイミングが異なるという点で、大きく対応が異なってきますので、両者の差は大きいと言えるかと思います。
内部通報者、内部告発者を保護するための法律として、公益通報者保護法という法律があります。過去に、内部告発によって企業不祥事が明らかになったケースで、通報者が解雇や減給など不利益を被ったことがあり、そうした事態を防ぐため制定された法律になります。
下記に説明することになりますが、公益通報者保護法が設けられているとはいえ、同法の実際の制度運用という点でいうと、様々な問題点を抱えているようです。
なお、公益通報者保護法の適用については、様々な適用要件があるのですが、今回はコーポレートガバナンス体制の維持・強化という観点からの内部通報制度の運用という点に絞って説明していますので、こうした論点は割愛しております。
有名な内部告発の事例としては、食肉偽造、リコール隠ぺい、過大請求などが挙げられます。
いずれも内部告発によって明らかとなり、事業停止処分などの法的措置がとられる、経営陣が逮捕されるなど、少なからず経営への影響がありました。
八田進二先生によるWebサイト『Governance Q(ガバナンスキュー)』に、下記のような記事がありますのでご覧ください。
内部通報と内部告発は、企業の不正行為を止めるための手段ということができますが、内部告発の場合、監督官庁やマスコミなど、企業の支配が及ばない外部者へ通報することになります。マスコミに伝わると一気に世の中に広がることもあり、企業としては大きなダメージを受けてしまいます。
上記の事例はほんの一部の事例ではあるものの、こうした内部告発による企業不正が発覚した場合、企業はステークホルダーからの信頼が失墜し、業績にも悪影響がでているようです。
特に、社内に「内部通報制度」がない場合、あるいは、あっても使いにくい場合、従業員が直接マスコミなどへ告発してしまうというケース、つまり「内部告発」が起こります。
そうなると、社内で検証する間もなく、不正はたちまち世間に知れ渡ることになり、行政処分などの対象になってしまうリスクを企業は抱え込むことになります。
内部告発事例を見てみると、実際に内部通報制度を設けていたにもかかわらず、情報の受領者が対応を無視したり、一部の処理で済ませてしまい最終的に内部告発によって大きな騒ぎになり、企業価値を大きく毀損しまったという事態に陥っているようです。
このため、内部通報制度を有効に機能させることが重要です。
企業のダメージが大きくなる前に、企業内部の問題を知る従業員から、経営上のリスクとなるような情報をできるだけ早く入手すること。また、早期に問題把握と是正を図る仕組みを構築し、内部告発に至る前に事前に企業の信用失墜の芽を予め察知して対処しておくことが、企業価値を維持するために必要となります。
このような企業価値を維持するために機能すべき内部通報制度ですが、世の中での浸透度はどうなのでしょうか。気になる新聞記事がありました。
日経新聞の2024年4月20日の記事に「内部通報阻む「犯人捜し」 消費者庁、制度見直しへ議論」という見出しの記事がありました。ここでは、改正された公益通報者保護法の施行から1年以上経過し、消費者庁が内部通報制度の導入や運用面における課題を議論するために有識者による検討会を立ち上げたそうで、以下のような概要でした。
記事の結論として、内部通報制度の適用にあたっては、制度に対する理解が進まず、安心して通報できる環境が整備されていないことが問題となっているという内容でした。
内部告発についても、実際に告発を行っている従業員が不利益を被るような事例を特集としているテレビ番組を見たことがあります。
企業の不正の通報や告発は、本来は、正当な行為であり、評価されるべきことです。ところが被通報者の保身のために排他されてしまい、通報者が後悔するという状況は、本来の企業価値の維持・向上のためには望ましくない状況であるといえます。
自身の経験に照らし合わせてみて、内部通報で上がってくる内容が単なる仕事上の愚痴や男女間のもつれのようなものあり、こうした内容をどう扱うのと思われるものもありましたので、通報の内容が公益に即していなければならないという、公益通報者保護法の内容は理解できますが、一方で、内部通報者を保護するための法律の改正、実際の運用はより重要な課題であるかと思います。
こうした内部通報制度が実際に浸透されていない状況なのですが、内部通報制度には実際にどのような効果があるのでしょうか。
実際に内部通報制度が不正発見にどれくらい貢献しているかについては、いろいろなデータがあります。一例として日本公認会計士協会が公表している「上場会社等における会計不正の動向(2023年版・経営研究調査会研究資料第10号)」によると、会計不正の発覚経路は、下記図のように「内部統制等」「当局の調査等」「取引先からの照会等」「内部通報」「公認会計士監査」「内部監査」の順になっております。
発覚経路の説明では、特に内部通報について紙面を割いており、「表記していないが、内部通報により発覚するケースについては、2019年3月期から2022年3月期の4年間における平均は13.7%を占めていたが、2023年3月期(単年度)における割合は26.1%と増加している。
内部通報制度は、職制ルートによらない不正の早期発見、未然防止の有効な手段とされており今後も一層の利用促進が望ましい。」という形でまとめられていました。
さらにこの紙面で引用している公認不正検査士協会「2022年度版 職業上の不正に関する国民への報告書」によると、不正発見手段は「通報」が42%で最も多いそうです。
組織では、何かあれば直属の上司に報告するのが常です。一方で、不正行為を行っているのが、上司に当たる場合、進言したところで、降格や異動、解雇などに追い込まれてしまう場合もあります。こういった目には誰もが遭いたくないわけで、不正に気付いても見て見ぬふりをします。
本来、不正の通報は正当な行為であり、評価されるべきことですが、被通報者の保身のために排他されてしまうと、せっかく制度を設けても本末転倒となります。
こうしたことが起こらないように、2006年4月に「公益通報者保護法」が施行され、通報者を特定させる情報の守秘を義務付けること等を目的として、2022年6月、改正法が施行されました。これで一定の通報について、通報者が不利益な取扱いを受けることがないよう制度化がされました。
ところが上記の記事紹介にあったように実際に通報者が保護されないということが起きており、内部通報制度に関する法的規制の理解はまだまだ低いようです。
東京証券取引所が実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたコーポレートガバナンスコードでは、「上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである」としています。
このように内部通報制度の確立は、取締役の責任である旨を明確にしております。
さらに、公認会計士監査実務の視点からみても、全社統制の「組織の情報と伝達及びモニタリングの仕組み」の一つとして、捉えられています。
「内部通報制度を導入する場合、経営者は、内部通報制度を有効に機能させるために、通報者を保護する仕組みを整備するとともに、必要な是正措置等を取るための方針及び手続を整備することが重要である。」とされています。
会計監査の実務上、どこまで深く見ているのかは疑問に思うことがありますが、日本公認会計士協会の上記レポートで強調しているように、内部通報が会計不正発見の端緒となる事例もあります。内部通報制度の有効活用の状況については、例えば経営者面談、監査役面談などでも俎上にあげ確認、制度運用を促すなどの対応は可能ではないかと思います。
内部通報制度をよく整備している企業は、消費者や事業者、労働者からの印象が良く、その分信頼が獲得できるというメリットがあると言われています。
内部通報制度には自浄作用の効果が期待できます。有効に内部通報制度が機能すると企業が大きくなる上で、早いうちにマイナス面やリスクの原因ともなる不正行為の芽を摘み取っておくことができます。
企業は、周りからの信頼を得て、仕事が増えることで業績が伸び、社会からも注目されるようになります。そして、「この企業に入りたい」という人が増えていって、さらに大きな組織となっていくわけです。有効な内部通報制度があれば、自浄作用が働き、働く人もステークホルダー(利害関係者)も安心というわけです。
最近は、取引先が内部通報制度を整備しているのかどうかを注視している企業も増え、取引先の不祥事に巻き込まれて二次被害を受けるリスクを回避したがる傾向にあります。長期的には何が必要なのかを見極めていくうえで、内部通報制度の確立は必要であることから、こうした内部通報制度の導入・確立は意義のあることかと思います。
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