この記事では会計士としての資格を保有し、大手税理士法人での勤務経験を持つ立場から、会計士としての視点で税理士法人の業務や仕事のやりがい、特徴について本音も交えながらお伝えしたいと思います。
■「国内系大手税理士法人」の業務内容
大手税理士法人は、基本的には総合型税理士事務所ですので、一般的な税務業務か、組織再編税制等のスポット案件か、業務によって件数の差はあれ、ありとあらゆる税務業務に対応していることが通常です。そのような総合型事務所において、法人によって多少の差異はあるかもしれませんが、主な業務は次の通りです。
※税理士法人へ転職するときにご自身の配属先や、やりたい仕事の希望が叶うかどうか心配な方がいらっしゃると思いますが、可能な限り個人の希望を考慮するものの、法人側にも組織の運営方針がありますので、希望が叶うとは限りません。ご自身の希望通過率は概ね50%と考えておくとよいでしょう。
(1)顧問契約を前提とした一般的な税務業務
大手税理士法人(準大手含む)では、顧問契約を前提として一般的な税務業務(主に法人税、消費税)及びそれに関連したアドバイザリー業務をクライアントに対して提供しています。
この点については会計士の方にとって想像に難しくないと思います。クライアントの属性は、上場企業から資金に余裕がある中小企業までが中心です。逆にいうと、資金繰りに厳しいスタートアップがクライアントになっていることは稀です。
会計士の方はプロパー税理士と比べると内部統制、社内の管理体制については相当な知見があると思いますので、アドバイザリー業務においては、税務以外の付加価値もクライアントに対して提供できると思います。
(2)相続税申告を前提とした相続関連業務
相続税関連業務についても、注力している大手税理士法人は多いのが現状です。
この相続税関連業務とは、主に相続対策から相続税の申告までのことですが、係争性のある相続案件については、非弁の問題がありますので、基本的には弁護士と連携します。
相続税関連業務については、監査業務しか経験していない会計士の方にとっては、さすがに最初は手間取ると思いますが、馴れるまではそれほど時間を要しないと思います。
なお相続税関連業務に携わるにあたって、民法(相続法)の習得は必須です。
(3)税務に基礎をおいたコンサルティング業務
特定の属性を有する方を対象として、税務を基礎としたコンサルティング業務も提供しています。
特定の属性の代表例は、医療法人や富裕層などです。
特に富裕層の方は、ほぼ100%不動産を保有していますので、不動産に関する基礎的な知識が必要になることは言うまでもなく、資産税、相続税(贈与税を含む)に関する専門的な知識も必須になります。
富裕層に対するコンサルティング業務については、資産管理会社などを活用した節税スキームの実行までも及ぶことが珍しくありません。
(4)組織再編税制、FAS関連業務
大手税理士法人は、グループ企業をまとめて税務対応していることが多いため、中小の税理士事務所と比べて、必然的に組織再編(組織再編税制)の業務は多く、FAS関連業務のうち、税務デューデリジェンスなどの税務に関する業務も多くあります。
監査法人においても組織再編にかかる会計処理を監査することはあるかと思いますが、税理士側から組織再編に関与するときにはスキームの立案から実行まで当事者側に立って関与することになり、会計だけではなく、税務と法務、登記の知識まで求められます。
(5)わたしの場合
まず大手税理士法人といっても画一的に説明することは難しく、組織の方針や組織体制によって業務の進め方が異なると思います。
例えば、専門化の原則を重視し、担当者の役割が固定的になっている法人もあるでしょうし、比較的柔軟に様々な仕事に関与できる法人もあります。
わたしが在籍していたところ(編集部注:税理士法人山田&パートナーズ)は、典型的な純大手ではなかったので、自ら手を挙げれば様々な業務に関与できる法人でした。
ですので、組織再編税制、M&A、内部統制、相続税の申告、DD、富裕層向け税務コンサル業務等までかなり幅広く経験することができたと思います。
ちなみに、仕事の進め方については、(もちろん法人や上長の業務管理方針によると思いますが)丸投げでした。
ここでいう丸投げとは、業務における成果物のイメージを全く指示せずに実務担当者に仕事を完全に任せるパターンと、成果物のイメージを指示したうえで、具体的な仕事の進め方は担当者に任せるパターンのことを意味しますが、仕事の進め方はコントローラーの業務管理方針の影響を強く受けると思います。
丸投げについては賛否両論あると思いますが、丸投げの方が業務を進めるうえで、自分自身で多くの様々な実務書に目を通したり、多数の経験者への質問を通じて間接体験をすることができたりしますので、より実力はつくと考えます。
もちろん、丸投げであっても最終的には第三者のチェックは必要だと思います。
※大手税理士法人に入所後にどのような業務に関与できるか、手を挙げれば様々な業務に関与できるか否かなど、事務所の方針に依るところが大きいので、転職の際の面接時などで必ず事前確認した方が良いと思います。
■必要とされる志向性(どんな人に向いているか?)
税務を念頭において転職を検討している会計士の方にとって、大手の税理士法人にはどのようなタイプが向いているか考える方もいらっしゃることでしょう。
結論から申し上げると、大手の税理士法人にどのようなタイプが向いているかどうかを言い切ることは難しいと思います。専門的な知識と必要最低限のコミュニケーション能力があれば、どのようなタイプでも適応可能だと考えます。
ただ雇用する大手税理士法人側からすると、独立心旺盛な方よりも、長期での勤務を望むサラリーマン的な方の方が好まれるでしょう。この点は間違いないと思います。
中小の税理士事務所はもちろんですが、大手税理士法人でさえも、事業会社に比べて、人材の定着率は高いとは言えない状況ですので、長期的な人材確保や世代交代は税理士法人にとって大きな課題の1つになっているからです。
このように税理士法人側からすれば、サラリーマン的なタイプの方が好まれるとしても、転職を検討している会計士の方は、この点は全く気にする必要はなく、ご自身のキャリアプランのなかで転職先を選択するべきだと考えます。
■「国内系大手税理士法人」での業務のやりがいやメリットは?
まず大手税理士法人で働く一番大きなメリットは、例えば小規模な税理士事務所では絶対に経験することがないような業務に関与することができる点にあると思います。
例えば、移転価格税制などが好例で、小規模な事務所で経験できることはまずないはずです。
こうした大手でしか経験できないような業務に関与し経験を積めることはその後のキャリアにとっても必ずプラスになると思います。
また監査法人で提供している監査業務の本質は「他人が作成した財務諸表等をチェックすること」であり、しかも独立性が求められるために、必要以上にクライアントに寄り添ったサービスを提供することが制限され、しかも監査業務はクライアントから煙たがられるという特徴もあると思います。
他方、税務業務について独立性は求められていませんし、能動的にサービスを提供できるという特徴があり、監査業務と違って煙たがられず、クライアントから感謝して頂ける機会も多くあります。
■「国内系大手税理士法人」の採用ニーズ
(1)求められるスキル、人材
会計士に対しては、税務に関する実務経験は必須とまでは言えませんが、会計に関する専門的な知識は当然求められますし、組織の中で働くわけですので必要最低限のコミュニケーション能力は必須です。さらに年齢に応じた実務経験も求められると思います。
例えば、大手監査法人出身の20代後半の方であれば、監査実務+α(例えばFAS業務など)の経験は必須でしょうし、他の資格や専門的知識、事業会社での勤務経験、語学力等があれば尚可となるはずです。
(2)採用されるポイント
会計士という資格があれば、転職活動や採用時には、もちろんアドバンテージを得ることはできます。
ですが、大手税理士法人の内部にも既に他の会計士の方が在籍していますし、他にも転職を検討している会計士の方は多くいらっしゃいます。
そのなかでどのように自分自身の業務上の個性をアピールするか、ブランディングするかはとても大切になると思います。
わたしもそうでしたが、監査法人内でサラリーマンとして働いていると自分自身のブランディングを意識する機会はとても少ないと思いますが、転職ひいてはその後のキャリアを考えるときには自分自身のブランディングをあらかじめ考えておくことも大切になるのではないでしょうか。
(3)転職で気をつけるポイントや難易度
税理士法人への転職を検討されている方の多くは、言うまでもなく「税務」に関心のある方のはずです。
ただ「税務」と一括りに言っても、一般的な顧問業務から相続税、組織再編税制、国際税務など、その範囲は非常に広くなっているというのはご存じの通りです。
ですので、税務に関して、具体的にどのような実務経験を積みたいかを転職前に明確にしておくことはとても大切だと思います。
また税理士法人への転職後に自分の希望している業務経験を積めるか否かも事前に確認した方が良いと思います。
税理士法人へ入所後に、使用者側からの事前の説明と違い、自分が希望する業務には全く関与できず、すぐに退職したという話を聞くこともありますので、この点は注意が必要です。
ちなみに個人的な意見なのですが、独立を検討している方であれば、特定の業務しか関与できない大手の税理士法人よりも、様々な業務に関与できる大手の税理士法人で経験を得た方が、独立してからは役立つと思います。
■「国内系大手税理士法人」の年収はどのくらい?
監査法人から大手税理士法人に転職すると、「税務実務の経験がない」という理由で監査法人時代の報酬よりは下がるケースの方が多いと思います。
※もちろん、会計士としての価値を提供できれば、現状以上の報酬になることもあるでしょう。
「税務実務の経験がない」との理由で報酬が下がるのはやむを得ないと思いますが、長期的な視点で考えれば、税務の経験を積むことで、むしろ生涯年収がアップすることの方が多いのではないかと考えます。
■「国内系大手税理士法人」の経験を活かしたその後とのキャリアパスは?
まず大手税理士法人に入所する前提として、大手税理士法人退職後に何をするか、退職後に何をしたいかを明確にしておくことはとても大切だと思います。
そのうえで、税理士法人でどのような実務を経験しておくべきかを判断することが肝要だと考えます。
さらに、税務実務といってもその範囲は非常に広く、業務の違いによる報酬単価も数十倍違いますので、そのことを勘案したうえでどのような実務経験を積むかを判断した方がご自身の生産性は上がると思いますし、生涯年収も上がると思います。
ちなみにわたしの周囲の会計士の方を思い浮かべると、税理士法人に勤務した会計士の方はその後ほぼ皆さん独立開業されています。客観的なデータはありませんが、感覚的に9割8分以上の方が独立しているような印象があります。
※会計士の方の税理士法人での在籍期間は1年弱から数年というのが相場だと感じます。
独立後、サラリーマンに出戻りする方もまず見かけません。
税理士法人勤務後に独立せず事業会社に転職される会計士の方も僅かながらいらっしゃいますが、ごくごく稀というのが実感です。
以上、わたしの拙い経験からお伝えしましたが、大手の税理士法人に永久就職したい方は稀だと思いますので、ご自身のキャリアプランのなかで“税理士法人での実務経験”をどのように位置づけて、“どのような実務経験”を積むかがとても大切だと思います。