よく耳にするものの、なかなか実体のわからない「コーポレートガバナンス」という言葉。
この記事ではコーポレートガバナンスとは何なのか、その始まりから目的と効果、また「コーポレートガバナンス・コード」の何たるかまでを、LINE株式会社の内部監査室に所属されていた齊藤健太郎さん(公認会計士)にわかりやすく解説いただきました。
コーポレートガバナンスとは?3つの目的と効果、コーポレートガバナンス・コードが何のかをわかりやすく解説
よく耳にするものの、なかなか実体のわからない「コーポレートガバナンス」という言葉。
この記事ではコーポレートガバナンスとは何なのか、その始まりから目的と効果、また「コーポレートガバナンス・コード」の何たるかまでを、LINE株式会社の内部監査室に所属されていた齊藤健太郎さん(公認会計士)にわかりやすく解説いただきました。
「コーポレートガバナンス(Corporate Governance)」は、日本語に直訳すると「企業統治」を意味します。
株主をはじめ、顧客・従業員・地域社会などの立場を考慮し、企業経営を行う上において、透明性、公正性、迅速性、果断性を備えた意思決定を行うための組織上の仕組みのことをいいます。
ポイントは、会社は経営者のものではなく、資本を投下している株主のものであるという考え方に基づいて構築されるものであること。
コーポレートガバナンスの概念が定着したのは、企業の資金調達方法の変化し、それに伴って多くの利害関係者(ステークホルダー)が生まれ、企業の在り方が社会に大きな影響をもたらすようになったためです。
① 1980年代に米国で生まれてから、エンロンワールドコム事件まで
本来、経営者は株主利益の最大化を達成するために企業の運営を行うものですが、米国では、1978年に税制適格年金制度の導入により、運用される投資信託が増加したことにより、機関投資家の発言力が強まりました。
その結果、1980年代に、経営者が株主利益の最大化を図って運営しているかを監視する仕組みが整備され、これをコーポレートガバナンスと呼んで重視されるようになったのです。
1980年代から90年代にかけて、証券市場における証券取引量は大幅に増加し、コーポレートガバナンスを重視した経営が行われました。2001年から2002 年にかけて、エネルギー大手のエンロンや通信大手のワールドコムが相次いで経営破綻し、経営陣や監査法人も関与した粉飾決算などの企業不祥事が露呈したことで、米国企業のコーポレートガバナンス重視の在り方に見直しの動きが起こりました。
② 企業不祥事を受けての流れ
エンロン・ワールドコム事件後、米国では、2002年7月に連邦議会が企業改革法(サーベンス・オックスレー法/SOX 法)を制定し、証券取引所の上場規則を修正するなどして、米国企業、および資本市場に対する信頼の回復を図ることになりました。
こうした企業不祥事の発生を受けて米国では、市場で資金調達する企業には、より高い透明性が求められ、市場は企業に対してリスクや会計方針をより明確な形で開示することを求める潮流に繋がったのです。
日本においても、コーポレートガバナンスの在り方については、1990年代前半のバブル崩壊以降、下記の事象とともに検討が重ねられるようになりました。
1990年代後半に山一証券の自主廃業や日本長期信用銀行の破綻などの金融危機の発生し、これにより日本の金融市場への信頼が損なわれることに。さらに、2001年の雪印食品の牛肉産地偽装の補助金詐取や2007年の赤福や船場吉兆などの賞味期限偽装問題の発覚など、会計処理や品質チェックなどの不正、過度な時間外労働など、企業の不祥事や経営悪化が続発したのです。
日本企業はこれらの不祥事に未然に防止するため、不正や不祥事を未然に防ぐための仕組みとして、コーポレートガバナンス重視の考え方を取り入れられるようになったのです。
エンロン・ワールドコム事件を受けて、米国企業改革法の内容についても日本でも積極的に取り入れました。2004年には東京証券取引所が「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」を公表し、企業のコーポレートガバナンスに関する情報開示などを通じた企業経営の透明性の向上、市場の評価を通じたコーポレートガバナンス強化に注力するなどの真摯な取組みを進めました。
また2015年には金融庁が「コーポレートガバナンス・コード原案」を公表し、国内でのコーポレートガバナンスの重要性が一層注目されるようになりました。
日本におけるコーポレートガバナンスは、健全な経営を行い、株主や従業員、関係取引先などステークホルダー全体の権利の保護や競争力の強化を重視しています。
日本では、上場を志向する企業が上場すると、企業のステークホルダーに大きな影響を与えることになります。このことから上場審査にあたっては、コーポレートガバナンス・コードの適用状況について確認され、コーポレートガバナンス報告書のドラフトの提示が求められます。また、その内容についても確認されるなど、上場会社は、証券取引所の定める上場規程に沿った対応が求められるのです。
コーポレートガバナンスに関する報告書は、東京証券取引所の有価証券上場規程に基づいて提出が求められる書類です。
上場申請に際しては、新規上場申請に係る提出書類の一部として提出し、上場後は定時株主総会後に遅滞なく更新する必要があります。
コーポレートガバナンスは、企業規模や習熟度などに応じて対応内容は異なることもあるため、日本において、コーポレートガバナンスに関して具体的な法的規制はありません。
しかしながら、上場を志向する企業や上場企業に対して適用される上場規則では下記のことが問われることになります。
そうして定められた枠組みは、会社法に基づき運用されます。
コーポレートガバナンスを考慮する際のキーワードとしてよく挙げられる「内部統制」については、会社法上の取締役会の義務・責任として明確に定められています。
この内部統制について、コーポレートガバナンスの観点から見てみると、上場企業は、コーポレートガバナンス報告書において、①「コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方」や②「内部統制システム等に関する事項の報告」などが義務付けられています。
一方で、非上場企業においてはこうした状況の報告が義務付けられているわけではありません。
コーポレートガバナンスが、企業としての対外的な取り組み、内部統制が、社内の各機能が有機的に運用される仕組みであり、内部統制は、コーポレートガバナンス強化のための手段であると考えることができます。
このようなコーポレートガバナンスを強化する取り組みは、以下の目的と効果があるためです。
企業が活動を続ける上で、株主をはじめ、取引先や投資家などの利害関係者(ステークホルダー)に利益を還元する責任があります。
コーポレートガバナンス強化に取り組むことで、経営者による独善的な意思決定や、組織内での不正・情報漏洩などのリスクの防止につながり、企業の各ステークホルダーとの良好な関係を築くことが可能になります。
コーポレートガバナンスの維持は、経営戦略や財務状況、リスクマネジメントなどの情報を適切に管理し、企業の現状を正確に把握する役割を果たします。
強化されたガバナンスにより、経営の透明性が高まり、組織内での不正やリスクの防止につながるほか、自社の現状に即した適切な経営が可能になります。
コーポレートガバナンスの強化を通じて、各ステークホルダーの権利・立場を尊重する経営が行われることで彼らからの評価が高まります。
これにより、中長期的にみて企業価値が向上し、新たな出資や融資の受け入れが容易になります。また会社の業績が軌道に乗り、財務状態が安定することによって、事業投資や優秀な人材獲得も行いやすくなり、持続的な成長基盤が構築されます。
上記のように、コーポレートガバナンスの自立的な維持・強化と透明性が高い企業経営は、各ステークホルダーとの良好な関係を築いていくことにつながり、中長期的な企業価値を高め、会社、株主である投資家、ひいては経済の発展に寄与することになります。
このようにコーポレートガバナンスの目的・効果を実現するためには、実効的なコーポレートガバナンスの実施が必要不可欠になります。
実効的なコーポレートガバナンスを実施する際には、企業がステークホルダーの立場を踏まえ、適正に運営・発展していくための仕組みづくりの指針が必要です。
金融庁および東京証券取引所は、上場企業がコーポレートガバナンスを行う上で参照すべきガイドラインとして公表した「コーポレートガバナンス・コード」は、実効性のあるコーポレートガバナンス実施のための指針として公表したものです。
コーポレートガバナンス・コードでは、以下の5つの基本原則で構成されています。
このコーポレートガバナンスガバナンス・コードでは、上記5つの「基本原則」のほか、基本原則を実現するための事項を示した31項目の「原則」、一部の会社に適用される47の「補充原則」があり、3層構造となっています(下図参照)。
東京証券取引所は、これらの原則が適切に実践されることが、企業の成長と中長期的な企業価値の向上に寄与し、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるとしています。
適用対象は全ての上場企業であり、コーポレートガバナンス報告書の提出が義務付けられます。適用にあたっては、「Comply or Explain.」の考え方に基づき、原則を遵守するか、遵守しない場合にはその理由をコーポレートガバナンス報告書上で説明する必要があります。
つまり、コーポレートガバナンス・コードの適用を受ける上場企業は、自社の個別事情に照らして、コードの中で遵守することが適当でないと考える原則があれば、その理由を十分にエクスプレイン(説明)すれば、一部の原則を遵守しないことも許容されることとなります。そして、その説明の妥当性は、株主の判断に委ねられることになります。
コーポレートガバナンス・コードの原則が適用されない非上場の企業においては、コーポレートガバナンスの取り組みは必須ではありません。
しかし、金融機関からの資金調達や、顧客との取引を円滑化するためにも、コーポレートガバナンスに取り組み、社会的信用を高めることは非常に重要です。
これにより、例えば金融機関が企業情報の開示を求めてきたとしても、企業としては迅速に対応することができます。顧客となる企業も経営状況が透明な企業との取引を望むものです。
そのため、上場・非上場や企業規模の大小にかかわらず、コーポレートガバナンスの強化は、取り組むべき重要な課題と言えるでしょう。
TOKYO PRO Marketを除く、上場を志向する会社又は上場会社は、上場規則に従い、下記の機関を置くこととされています。
なお、会社法上では、取締役会を設置する会社は、監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社を除いて監査役を置くことが必要ですが、公開会社でない限り監査役会の設置までは義務付けられてはいません。
会計監査人は、企業が作成する計算書類の会計監査を行う機関に該当します。
会計監査人は、公認会計士または監査法人でなければならないとされます。会社法上は、一定の要件を満たす企業が、その設置を義務付けられますが、一定の要件を満たすことのない会社であっても任意に設けることができるとされています。また厳密にいうと上場規則上、会計監査人の設置は義務付けられないですが、金融商品取引法上における「監査人」の設置は義務付けられますが、ここではほぼ同義とします。
取締役会、監査役会等、会計監査人は、それぞれ、業務執行の監督、業務監査、会計監査というそれぞれの役割を担い、上場を志向する会社又は上場企業は、この3つが全てが揃って運用されることが必要です。
上場を考えていないものの、コーポレートガバナンスの強化を図りたい会社は、①取締役会の設置(設置とともに監査役も設置必要)、②監査役会の設置、③会計監査人の設置、といった順(②③は順を変えても可)で会社の規模・状況に合わせて強化を検討されるとよいと思います。
取締役会の適切な運営とは、法令に基づく適切な開示を行うことはもちろんのこと、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスの実現のために諸施策の実施が必要となります。
さらに取締役会運営にあたって、上場規則に則ったコーポレートガバナンスを充実させるためには、取締役会の構成員を整え、構成員の資質を検討した上で、適切な取締役会の運営が必要となります。
取締役会の適切な運営を行うにあたっては、必要な事項は下記のようになります。
上場を行うにあたっては、取締役会を置く必要があります。会社法上、取締役会設置のためには、3名以上の取締役が必要となりますが、上場審査では取締役会の機能不全を未然に防止するため、4名以上の取締役の配置が求められます。また、社外取締役を1名以上確保することが求められます。
適切なコーポレートガバナンスを実践するには、取締役の監督機能の実効性の確保が必要です。例えば会社法上は、3か月に1回程度の取締役会の開催頻度で十分とされていますが、取締役会の機能充実のためには取締役会を毎月開催し、月次決算の早期化の実現、予算実績差異分析の実施、議事録を作成することなどの対応が考えられます。
また、個々の取締役の経歴、報酬の妥当性、役員数の妥当性、退職役員が競業に関与していないかなどについての留意が必要です。
取締役会の運営を適切に行うためには、取締役会規程を整備し、会社の運営が、適法かつ適切に行われるように、取締役会専決事項、決裁権限などを規程上、明確にし、この社内ルールに則った取締役会運営を行うことが必要です。
取締役が他の会社の取締役などを兼務している場合には、必要に応じて取締役会を迅速に開催することできないといったような懸念があるため、兼務自体の問題も考慮する必要があります。
また、取締役会を兼務している他の会社との間に取引関係がある場合、利益相反取引を承認するための取締役会特別決議が必要となる場合があるため、この点についても留意が必要です。
監査役の役割は、取締役の職務執行を監督することです。こうした監査役の役割は有効なコーポレートガバナンスの実現においては、きわめて重要な役割を担うことになります。
TOKYO PRO Marketを除く、上場企業において、監査役会に求められる事項は下記のようになります。
監査役会設置会社を選択した場合、監査役を置けば十分ということではなく、経営陣が監査役の監査の意義を十分に理解し、監査役の取締役に対する監督機能の実効性の確保を図るために監査役による監査の実施に協力することが必要です。
監査役会により作成された年度を通じた監査の計画に基づいて監査が実施されることになります。常勤監査役の日常的な監査業務への取り組み状況や、社外監査役(独立役員)のバックグランドを考慮し、監査役会内の役割分担に基づき監査が行われるようにすることが必要になります。
上場を志向する場合、監査役を3名以上(常勤監査役1名以上、監査役の半数以上が社外監査役)選任し、監査役会を組織する必要があります。
常勤監査役を置く場合は、その勤務実態および監査役会の組織的な監査の実施が必要です。
TOKYO PRO Marketを除く、常勤監査役は、他に常勤の仕事がなく、監査役の職務に専任できる状況であることが必要です。監査役監査の実務については、日本監査役協会の監査役監査基準などを参考にすることが有用です。
監査等委員会設置会社および指名委員会等設置会社は監査役会設置会社と制度上の違いはありますが、取締役の職務執行を監査するという点では変わりません。
有効なコーポレートガバナンス体制の確立にあたっては、会社法上においてはとくに問題視されないですが、監査役の監査対象は取締役の職務執行であることから、経営者の親族が監査役となるのは回避すべきです。
上場審査において、企業経営の健全性の観点から、親族の方が、監査役として就任される場合は、有効な監査が実施され得ないとみなされます。
内部監査とは、会社内部に自主的に設置される組織として、
監査業務を行うことになります。
経営目標を効率的に達成するためには、従業員の業務遂行状況を調査し、適宜必要な改善策を策定、実行していくことが必要です。
内部監査は、会社の状況に応じて調査対象や範囲が決定され、組織の発展にとって有効な改善・改革案を助言・勧告する重要な機能です。
なお、内部監査と内部統制は、混同されがちですが、内部統制は、会社が健全に事業活動を遂行するためのルールや仕組みのことであり、内部監査は、社長直属の組織として会社の内部統制がしっかり機能しているかチェックをするという関係にあり、内部監査は、内部統制の仕組みの一部として組み込まれる形で位置づけられることになります(下図参照)。
コーポレートガバナンス体制の維持・強化のためには、社内規程の明確化と充実が必要不可欠です。
組織体制は、組織規程、職務権限規程などに基づいて、整備されている必要があります。しかし、規程が整備され、その規程に基づいて組織体制が整備されていれば問題がない訳ではなく、以下の点に留意した上で組織体制を構築していく必要があります。
社内規程とは、会社の業務が組織的に運営されるために必要不可欠なルールを明文化したものをいいます。経営活動の意思決定権限を誰がどの範囲で持っているか明確にし、相互に牽制機能を有効に働かせ、効率的な分業体制を構築するためには、諸規程を整備し、かつ規程の内容・文言通りに運用されていることが必要です。
上場を志向する企業については、諸規程の整備状況とともに一定期間における運用実績が確認される点に留意が必要です。
コーポレートガバナンス体制の維持・強化を行い、企業価値を維持するという目的を達成するためには、不祥事の発生を未然に防止するための社内体制を構築することが必要です。これらの取組みに当たっては、経営陣、とりわけ経営トップによるリーダーシップの発揮が重要です。
このためには、日本取引所自主規制法人が、2018年3月に公表した「上場会社における不祥事予防のプリンシプルの策定について」に記載されている6原則の遵守することにより、有効な内部統制を構築することや有効な内部通報制度を確立することが必要になります。
また反社会的勢力の関係を遮断するための仕組みを社内に構築することなどの対応も望まれます。なお、公表された不祥事予防のプリンシプルでは、6原則の解説や不祥事につながった問題事例を紹介しています。
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