この記事では公認会計士の資格を持ち、証券会社にて上場準備企業の引受審査部門での業務を行ったことのある方にお話を聞くことができました。
公認会計士のスキルとの親和性も高く、その後のキャリアプランなどにも非常に大きな影響がある業務ですので、転職を考えている方はぜひ参考になさってください。
■ 証券会社における引受審査業務とは
上場を希望する企業はIPO準備から上場後の様々なサポートまでを、証券会社にお願いする必要があります。新規 公開の主役となる証券会社は、主幹事証券と呼ばれ、国内のすべての証券会社が行えるわけではありません。
新規公開(IPO)の場合、主幹事となる証券会社は、新規公開時の株式引受・販売に加え、公開までの各種事務手続きや、株価設定、株式上場後の資金調達の助言や指導なども行う ため、大変重要な役割を担っています。
その中でも引受審査業務とは、「この会社を上場させても本当に問題がないか」ということをあらゆる角度から検討し、最終的には証券会社としての推薦書を証券取引所に提出することになるため、非常に責任が重く、だからこそやりがいのある仕事になります。
■ 証券会社における引受審査の業務内容
わたしの場合は公認会計士2次試験に合格した状態で、就職活動の際に証券会社の引受審査部に入社したのがこの仕事をするきっかけでした。仕事の内容は、公認会計士資格の勉強内容と親和性が高いと思います。引受審査部には実際に公認会計士の資格を取得している方もいますし、監査法人から出向で来ている方もいます。
主幹事証券会社として、上場準備会社を審査する仕事には以下のような作業があります。
(1)会社の作成した引受審査資料をもとに審査を行う
- 有価証券報告書(Ⅰの部)
- 会社の概要資料
- 取締役会・株主総会議事録
- 監査役監査資料
- 内部監査資料
- 利益計画
- 社内規程
- 業務フローチャート
- 各種会社説明資料(Ⅱの部やそれに準じた資料)など
上記の様々な資料から、上場を希望する会社が「有価証券上場規程」に定める上場適格性要件を満たしているか、日本証券業協会によって定められている「有価証券の引受け等に関する規則」および「有価証券の引受け等に関する規則に関する細則」の内容を参照して判断します。
「有価証券上場規程」に定める上場適格性要件には、実質審査基準をクリアしていることが要件となります。この実質審査基準は、企業の継続性及び収益性や事業計画の合理性、健全性、開示の適正性などについて定めています。
上場適格性要件を満たすための基準は、抽象的なものもあるので、資料をもとに会社に対して質問を送り、その回答も踏まえて、すべての基準を満たしているかを判断していきます。具体的な判断は担当者に任されているため、非常に責任が重くプレッシャーもあります。
一書類上は問題なくとも、この会社がなんとなくおかしいと感じる場合は、上場適格性要件を満たしていない恐れがあるため、審査部門で課題点を発見し、上場を阻止しなくてはなりません。
実際にいったんある証券会社の審査部門では流れた案件が、他の証券会社が主幹事となり、監査法人側からもOKが出て上場し、その後、粉飾により上場廃止となるような事例も実際にはありますので、そのあたりの嗅覚は非常に重要になってきます。
<主幹事証券会社による審査の流れ>
主幹事証券会社による審査では、以下事項が実施されます。
① 書面による質問およびインタビュー
引受審査部から会社に数百の質問が送付され、実質審査基準をクリアしているかの確認が行われます。
② 事業所、工場、子会社などの実査
重要な拠点については、実在性や規程通りの運営の有無を確認するため、実際に訪問します。
③ 監査法人との面談
会計上の重要な課題はないのか、過去に指摘している課題はクリアしているかの確認が行われます。
④ 経営者・監査役・独立役員との面談
経営者に対して会社の今後の展開、ビジョンや今後の株主対策などについて確認が行われます。監査役に対しては実施している監査の状況や上場申請会社の抱える課題、内部監査室、監査法人との連携状況について確認が行われます。
独立役員には現状の体制および運用状況、経営者が関与する取引の有無や当該取引への牽制状況の評価などの確認が行われます。
⑤ その他重要事項
公益性および公序良俗に反しないこと、反社会的勢力との関係を有していないこと、事業の根幹に係る訴訟・係争がないこと、法令を遵守した企業経営がなされていることなどの確認が行われます。
(2)審査レポートを作成する
上記の一連の事項を確認した上で、上場適格性要件に問題がないと判断すると審査のレポートを作成し、証券会社としての推薦書を取引所に向けて提示します。
推薦書では、各取引所に対して、主幹事証券会社として会社が上場後も問題ない旨の保証をすることになるので、責任は重大です。
■ 公認会計士として行う監査業務と引受審査業務とのフィールドの違い
これは、公認会計士試験の科目に例えるとわかりやすいかもしれません。
簿記、財務諸表論、原価計算、監査論、会社法、経営学といった科目があるとします。監査業務は、監基報(監査基準委員会報告書)をベースに監査論、簿記、財務諸表論をメインで業務を進めていきます。
それに対して、引受審査業務は、取引所の定める有価証券上場規則、日本証券業協会の定める有価証券の引受け等に関する規則に関する細則をベースに会社法、原価計算、経営学をメインで業務を進めていたと思います。
もちろん、監査業務に会社法、経営学の視点がなくなるわけでもなく、引受審査業務に簿記、財務諸表論の視点がなくなるわけではないのですが、あくまでのイメージとしてはそんな感じです。
■ 「証券会社の引受審査業務」に必要とされる志向性
引受審査業務は、いろいろなビジネスに興味を持っていたり、会社が利益を生むカラクリを知るのが好きな人に向いている業務だと思います。わたしの場合は、会計や法律の方面から、そういったことにアプローチすることが面白いと思っていました。
監査法人内から見るより、より現場に近い場所でビジネスに関わることができるため、その点も魅力だと思います。
■ 公認会計士による「証券会社の引受審査業務」のやりがいは?
その会社が上場できるかどうかを審査するという、大きく言えば日本経済に影響を与えるような判断をする業務なので、非常に大きなプレッシャーがあります。しかし責任の所在が明確な分、それがやりがいにもつながっていると思います。
また監査業務の場合、チーム全体の中で自分の担当があり、それを繰り返すというルーチン的な部分があります。一方の引受審査業務は会社全体を一括してみるため、非常に視野の広い業務を行うことができます。
■ 「証券会社の引受審査業務」の採用ニーズ
1 求められるスキル、人材像
スキルとしては公認会計士試験に合格するレベルであれば、問題ないと思います。
フィールドの違いでもお話ししましたが、知識があるのは前提条件として、それを活かす部分が違うという印象です。そのため監査業務は苦手でも、引受審査業務はとても楽しいという方もいらっしゃいました。どちらにせよ公認会計士としての知識は思い切り活かせると思います。
2 採用されるポイント
転職では公認会計士としての知識がある場合、非常に有利ではあるのですが、一方で経験として監査法人のみというのは物足りないかもしれません。
日本の証券会社で上場の引受審査業務を行っている人数は非常に少ないため、業務内容をどのくらい理解しているかが採用の際には問われます。上場準備企業でそれらの業務に関わった、CFOとして働いていた、などの経験は高く評価されます。
■ 「証券会社の引受審査業務」の仕事の年収はどのくらい?
通常は証券会社の給与テーブルに合わせた額となります。公認会計士の資格を持っていたとしても、それで手当が出るというようなことはないと思います。
また役職がつけば別ですが、通常のプレイヤーでは1千万円いかないくらいが普通ではないでしょうか。
■ 「証券会社の引受審査業務」の経験を活かしたその後のキャリアパスは?
証券会社の引受審査業務を経験することは、公認会計士として、その後のキャリアには非常に大きなプラスとなると思います。
企業が上場するため、また上場を維持するためには何か必要かを理解していますので、キャリアパスとして「上場準備企業」のCFO、「上場企業の内部監査室」、法人の大きさに左右されますが「監査法人のパートナー」などにキャリアアップすることが可能です。
もちろん独立する方もいます。縁のあった会社の状況にもよりますが、社内コンサルタントとしても、非常に重宝されるでしょう。
■ 「証券会社の引受審査業務」がオススメの理由
わたしは現在、上場準備企業の上場準備のコンサルタントの仕事を行っています。内部管理体制の構築から会計面のサポートまで、会社が抱える課題に対して、いわゆるIPOコンサルタントとしては、比較的幅広くサービスを提供することができていると思います。これは引受審査業務と監査業務の両方を経験しているからこそできる仕事だと思います。
事業計画などは、公認会計士の視点で見てみると、まさに原価計算の世界です。引受審査の仕事は、公認会計士にとっては差別化要因となるとともに、とても学びの多いものでした。
監査法人は資本市場の番人などといわれていますが、実際に株式が流通している証券を扱うような証券業務に接する機会はなかなかありません。公認会計士として、証券会社に身を置いてみるだけでも見えてくる世界はあるのではないでしょうか。
いままさに日本経済に重要な影響を及ぼしている上場準備企業の中核に縁がある機会もありますし、仮にとんでもない会社を上場させてしまうとダイレクトにお客さんが窓口に来ることもあるので、そのような体感は監査法人では経験することはできません。
こうした資本市場により近い場で仕事をしてみることは、キャリアの上でも悪いことではないと思います。